イラストレーター群青亜鉛が発信する、104歳おばあちゃん介護のイラストエッセイ。介護の工夫と次の一歩。

感想「渦 妹背山婦女庭訓 魂結び」

7月 17 2019 | 日々日常
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スカッと跳びたい

三月末に、友人に読みながら送った、感想です。

このお話は凄いなあ。道を極めたいともがいている人、途中で諦めた人、自分の才能を見限った人、それとかいろんな人がそれぞれの自分自身を振り返って投影できる登場人物がいて、その当時の自分を追体験してなんと言うのかな、自分にけりをつけられると言うのかな。でも女性は少ないから、女性そのものじゃないんだけど、ハンサムな自分自身をやはり誰かに投影させて、苦しい気持ちとか、

あああの時の気持ちは半二が今思ってるこの虚しさに似てるなとか。章の最初の短い一行で、前の章からの展開をばさっと言うてしまうとこなんて、潔いし、えっ!?と思ってどんどん、いや慎重に読み進めたりとかして

わくわくするし、文楽の歴史のようなものもわかるし知りたくなるし、ドキドキするし

あの最後の獏氏が半二の作品観ての感想とか、その前の、俺はもうやんぴすると言う一連の気持ちとか、共感するところおおいにあって

半二になって一生(半生?)を一緒に走り抜けるようなとこもあるし なんや背中を押されるなあ

淡々と自分自身の落しどころを探すと言うのかなあ。

自分が芝居畑にいたからかな。伝わる伝わる、胸打つなあ。


自分の才能に見切りをつけられるまで、ほんまに引き際はどこやねんと、もがき苦しむから、それをちびりとでも経験したことのある人には、えげつなくヒリヒリ。その辺りかな、半二の心模様が淡々と書かれていて、ああ旨いこと表現してくれてる、そうやんそんなんそんなんて、読み進めたり。

だからか、義太夫の発表会(素義会)でも、どこに感動するかといったら、引き際がばさり、語り終えるとサッと切り上げはる方に感動したり。

もの作る苦しさとか嬉しさとかしんどさとかを水分量の少ない堆肥のようなぬか床のように表現しとる感じかなあ。淡々と冷たいけどふかふかみたいな。(いま目の前にカメに入った八分目のぬか床を見てるからそれに例えてみました。(^^)渦を読めて、あたしゃ嬉しい。 (終わり)

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以下からがホントの最初の文章ですー。これはガラケーしか持たない私が、「渦」を読んでるそばから友人にショートメールで感想を送ってるそのままです。
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いま、2章目の廻り舞台読んでます。面白いっ!!ドキドキするわ!!

あかん、おもろすぎや!!泪出るわ。すまんメールしてまう。

文三郎ともう亡くなった自分の師匠がダブる。笑泣きです。止まらん。愛護若名歌勝鬨(あいごのわか めいかのかちどき)の幕が開いて半二と呑んでるとこ。笑い泣きや止まらん。全然ちゃうねんけど。つぼや。なんか色々重ねて思い出して泣ける。

一度はちゃんと話をしたいなあと思いつつ、話す機会を持てず、不義理をし、そのうちあららと突然逝ってしもた師匠を思い出して泣ける。最後の章から一つ前のを読んでてなんでかわからんけど、号泣で。読んだぞ〜。こんな風に書けるなんて凄いなあ。凄いなあ。

お三輪ちゃんの最後の方の、もう300年とかなんとかのくだりで、ブワアと感極まるぞ〜いちいち深いわい。こんな心揺さぶられるものを書いてくれてありがとう〜と思う。慟哭じゃほんまに嗚咽する。

しばらく動けずで、最初、半二が文三郎からお前は感謝が足りんとか言われるくだりは、自分が師匠からよく、お前は根性がようないとか言われてたから重なる。

あの辺りの半二の心模様が、自分が日頃思っていたことともの凄く似ていて、重なって笑泣きや。「渦」読んで、師匠がもうおらんのだと言うことをなんか痛感した。泣きが止まらん。漏れ忍泣きと言うのか、でも笑いが止まらん。

泣きっぱなしや。止まらんわ。

なんか自分ごとばかりやねんけど、自分の節目節目の感情とか思いを色々思い出して、感情移入がものすごくて、全力で泳ぎ切ったあとみたいな感じ。(→最初に続く)


介護は幅広い知識があったほうが楽です。在宅介護のご家族は、介護職や看護師さん、セラピストの方にもどんどん質問して知識を還元してもらって下さいませ。このブログ記事もとっかかりにして頂けたらと願います。

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