イラストレーター群青亜鉛が発信する、104歳おばあちゃん介護のイラストエッセイ。介護の工夫と次の一歩。

介護者の会や家族会、世話人さんとはこうあるべき、に縛られる

7月 19 2018 | 介護者会・家族会

介護者の会の運営に世話人さんとして関わっていると、それぞれの参加されている方の「価値観」を感じることが多い。

いきなりだが、一つあげてみる。

まめに施設に面会に行く家族介護者はすばらしいのだ、という価値観。それはその方が常に根底で思っていることであるからして、様々な言動に出てくるものである。

それには賛同しかねる自分がいる。面会に行く回数の多い少ないではなく、その時のその方が出した最善ならば、回数は関係なくそれでいいではないかそれぞれに事情があるのだからと。どう考えてもまめに行ける人と行けない人がいることぐらいは理解ができるからだ。

たまたま会の会員さんにまめに行く方が多かったとしても、それはその方々の選択なのであって、やみくもに素晴らしい〜、というのとはチョト違う。 

介護者が仕事を持っている持っていない、その背景、介護者が一人なのか多数なのか、キーマンが誰なのか、そしてやはり入居されている方との関係性もある。短絡的に、いいわるいを無理やり当てはめてその人を判断するのはいかんのではないかと思っちゃうのだ。

それをただ単に賛美すると、介護に行く家族はすばらしいのだ、まめにいけない家族はばってんなのだ、という意識にもなりかねない。それは違うんとチャウノン、なんてことをもやもよと振り返って自分は思うものだから、

世話人さんがその発言をしてどうなのだ?価値観の押し付けになるんじゃないか、と思うときもあったり、その一言でどなたかが大きなダメージを受ける場合もあるんじゃないかとハラハラしたり。頭は忙しいのだ。

自分を振り返ってみるとよく分かる様に、当事者会の世話人をしているからといえ、人格者になっちょるんか?いんやとっても良くできた人でもない。菩薩のような人が世話人をしているかというと、そうではないことは承知の上である、そのくせに続けていると、”世話人さんはこうあるべき”という訳知り顔の常識が自分の中にできていたりするからややこしい。

どんな価値観もありなスタンスだから否定するのは違うと思うし、糾弾するのももちろん異なる。みんなよかれと思っての発言である。「だからたちが悪い」と思う自分もいる。

交流会では毎回、毎回、いろんな価値観が交わる。そこで、いろんな思いが湧いてきて、嫌でも自分を振り返ることになる。「それは違うんちゃうのん〜?」と思うときがあっても、その方を受け止める。共感は出来なくても、その方の思いなのだと受け止めることは出来るとちかごろは思えるようになった。

うんちゃら なんちゃら とそんな風に うんにゃら 思って、
その時の発言は、それぞれの方の、その時の最善であるからして、それをよしとして次に進もうかいのう、と、毎回なんやかんやと思うのでありまする。

大我にはほど遠く、ちっちゃいちっちゃいことがいつも気になるもので、頭はとってもざわざわしていて忙しい。


介護は幅広い知識があったほうが楽です。在宅介護のご家族は、介護職や看護師さん、セラピストの方にもどんどん質問して知識を還元してもらって下さいませ。このブログ記事もとっかかりにして頂けたらと願います。

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