イラストレーター群青亜鉛が発信する、104歳おばあちゃん介護のイラストエッセイ。介護の工夫と次の一歩。

老害ぢゃ。

7月 26 2019 | 介護全般, 地域福祉 | コメントはこちらから |

soreha_nanjya?ninjya?

老害にボロボロ。ぐったりとなっていたここ数年。
介護の当事者会に関わっていて、(ボランティア)
何がくたびれるかと言うと、

ご年配の方々と、物ごとを決めていくときのプロセスである。

自分の母親父親世代、あるいはもう少しお若い団塊の世代の方々、
長いこと生きてこられて、尊敬する部分は多いけれど、

自己主張の度合いや
ご自身がやってこられた自負心。自尊心。経験の浅い者に対しての、無意識ににじみ出てくる居丈高な言動。何様でしょうと思うこともある。

それは時代錯誤のセクハラでっせ、と感じることや、
そりゃモラハラだわねー、と感じることも多く。
どうしても生理的に受け入れられない言動等では心を病んだ。

アップデート出来ていない、変わりようのない価値観。
ご自身の尊厳を傷つけられたと感じる時の、瞬間湯沸かし器のごとく、人を攻撃してご自分を正当化する事々。それに時間を取られることの、残念な思い。

自覚しておられないので、何度も繰り返される。
自分があと何年かするとそうなっちゃうのかなーとも思うのだが。

違いを認めて尊重する、気持ちはちゃんと持っている。
しかし、くたびれることこの上ない。正直な思いである。


柔軟な考えを持つ方等、まれだと感じている。
高齢化やむなしの日本全国の地域で、
多世代交流等と、簡単に理想を掲げるが。
嫌気がさして、離れる人も多いだろうなと思う。

多世代交流は理想であっても、
一世代交流でも、交流してたらええじゃないかと、
そんなふうにも思っちゃうわいのぅ。


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症状はすぐ進む。辿り着いて人のお知恵を拝借、認知症介護者会。早めの検査。

7月 25 2019 | 介護者会・家族会 | コメントはこちらから |


波乗り。だわよ。

認知症介護者の会、この会があることは大分前から知っていたんです。とは、
会に辿り着いた方(ご家族)が大概 おっしゃることなのだそうだ。


ここがあることは、地域包括さんに聞いて知っていました。


まだ大丈夫だろうと先延ばしにしていて、
症状が重くなり、介護者家族がクタクタになり、どうにもならなくなり、
それからようやく駆け込んで来られる方が多いと聞く。

その時には、認知症の症状がかなり進行してしまっていることが多いとのこと。

もどかしいことが本当に多々あると社協の職員さんから聞いた。

もっと早く訪れてくれていたら、、、

違う関わりができたかもしれない。悔やまれる場合が近頃多いのだという。

当事者の会は、人が集まる場所なので、好き嫌いあるだろう。

が、

情報に触れるきっかけとして、

一度は家族会を訪れてみていただきたい。出来るだけ早めに。

当事者の視点はとても大事で。

認知症の方への対応は、

教科書化されているものを信じる方が多い。

(とても、多い。大変、多い。絶大なる信頼を寄せている方もおられる)

加えて認知症のことは報道でも取り上げられることが多いので、
あえて学ぼうと提案をすると、
もういいじゃない、通り一遍等のことはみんな知ってるでしょ、

と 軽くあしらわれることもあるのである。

いんや、否。実は当事者視点が抜け落ちているものが

たくさんあるのだ。

それは当事者の方々より聞かれることである。

声かけの訓練しかり。

認知症サポーター養成講座然り。

まして、

キャラバンメイトのフォローアップの研修でさえ。

終わった後での違和感が残るのだという。

講話なども終了後は、介護を経験された方が、

あの部分は、、、解せないわ。と、疑問を感じた点の共有(オンパレード?)となる。

私は大体それを、口をポカンと開けながら聞いている。

へーほーはー。

教科書といわれるものには、当事者視点が抜け落ちていることが多い。様子だ。

当事者は思っている。

こんな偉そうに言われたら、腹たつわ。納得しないよね。
そうは言うけど、こんな場合もあるのよ。そこが抜けてるわ。
この資料は、直接接したことのない方が作られたものよね。

私は知っていると、固まった頭の方に、

うんちくを語られても、

辟易するだけで、

実際に経験されている方は、

へいへい、聞いているフリだけで、思っている。

「こりゃ、あきませんわ。」


実際に介護経験者が集っている、

認知症介護者の家族の会(地域によって名称は異なります)

に、一度は訪ねてみてほしい。

私が関わっているものは、

当事者が主体となって運営していて、社会福祉協議会が事務局になっているものである。

合う、合わないはあるにしても、お知恵拝借出来ます。
あなたの引き出しが増えることは間違い無いです。

声かけ訓練とは、、、高齢者をはじめ、誰でも安心して暮らせる地域を目指して、例えば道に迷っている方に声を掛けたり、適切なところに繋げる、訓練。声かけ 訓練。全国で広まりつつある取り組みの一つ。


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集い場(つどいば)は地域に増えたものの

7月 24 2019 | 介護全般 | コメントはこちらから |


よつこらせ
よっこらせ

皆さんが住まわれている自治体の施策は、国の施策が元になっている。
変だなあおかしいなあと思うことを、ただブー垂れていてもその声は肝心なところには届いていないことが多い。

介護者の声を大事にしよう、とは、国が示したスタンスである。
2015年の国家施策、認知症施策推進総合戦略 新オレンジプランでは、
4.認知症の人の介護者への支援  と言うのがうたわれている。



これまでの認知症施策は、ともすれば、認知症の人を支える側の視点に偏りがちであったとの観点から、認知症の人の視点に立って認知症への社会の理解を深めるキャンペーン(再掲)のほか、初期段階の認知症の人のニーズ把握や生きがい支援、認知症施策の企画・立案や評価への認知症の人やその家族の参画など、認知症の人やその家族の視点を重視した取組を進めていきます。


認知症施策推進総合戦略(新オレンジプラン)より

その一つとして、主な政策:【認知症カフェ】
これは最近取り上げられている。皆さんのお住いの地域でも増えてきているのではないだろうか。

認知症の方やご家族・地域住民・専門職が集い、お茶を飲みながら、認知症や介護のことなどを気軽にお話ししていただける場ーとある。地域によって目的や対象は異なるかもしれない。認知症と名付けると、地域の方が来られなくなる、という市民の意見もあったと聞く(当方の住まう地域では)。なかなかこれは簡単ではない。認知症カフェと名打っていないところもあるかもしれない。

2013年あたりから、推奨?されているのが集い場である。
今年は3月20日には、厚労省が、「地域づくり戦略」発表しているのだとか! 
ありゃリャ〜こんな風に発表していたのね。知らんかったわー。以下、ふにゃふにゃと見ていただけますでしょうか。

↓介護のニュースサイト jointより:㈱官庁通信社の社会保障政策担当チームが運営

集い・互いがキーワード! 厚労省、「地域づくり戦略」発表 先進例を多く紹介

それだけ、切羽詰まっているということだろう。

実際、私の住んでいる界隈では、集い場推進事業として、認知症カフェや、集い場は増えている。数は増えたが、運営でのお困りごとが出てきているとの声も聞いた。

今、声として上がってきているのは、集う方々の固定化と、高年齢化とともに運営が継続できない現状。(これは今に始まったことではなく、以前から、言われていることだと思うのだけどね)。

運営をシステム化出来ないのかと言うことであった。

今の所明確な解決策はうーむ、ないように感じている。高齢化するのはやむなし、しゃーない、と言う立ち位置で開催するのが楽に思える。住みびらきの(ご自宅を開放して集い場とする)場合は、一代限りと思う方が自然だと思うのだがどうだろう。

開設までのサポートは大体社協がしているのではないだろうか。

開設数は実績だから大事なのだが、中身はもっと大事。
中で出てくるお声を吸い上げて、どこかに届けることも必要だろう。
集う場にしておくだけでは、尻窄みになってしまう気がするなあと勝手に思ったりもしておりまする。







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教えてあげたい病(やまい)=教えタイタイ病。

7月 18 2019 | 介護全般, 介護者会・家族会 | コメントはこちらから |

当事者会(介護者の会。介護者が中心の会。事業所が主宰しているものとは異なる)に長年関わっていると、だんだん引いた視点になってくる。全体を見ると言うのだろうか。参加者個々のお悩みはそれぞれで解決策を見出して、最終的には取捨選択は、介護者ご本人である。介護にくたびれ果てて、精神的にダウナーであったとしても、ご本人の回復力(精神的な)を信じる。これに限ると感じている。

だが、介護経験者の心のうちは色々複雑なものがあるので、新たに来られた方に、自分のような失敗をして欲しくないとの思いが大変強い様子である。

要介護の個人個人の状態や背景は全く異なる。だが、聞く姿勢もそこそこに、ご自身の中の知識や介護常識と照らし合わせ、あてはめて、パターン化をし、

いずれはこうなってこうなってこうなるだろうから、今はまだ可愛いもんですよ。 じっくり関わって差し上げたらいいですよ、と、先取りをして語ってしまうことが多々ある。(余計なお世話ぢゃないかぃねえ〜)

当事者会にようやくたどり着かれたご本人。安心してね。まずはそこを拍手喝采〜、

のはずなのだが、同じ介護者の先輩が、そこに不安要素をてんこ盛り投入したりする訳である。しかし善意からくるものだから、自覚はない。善意からくるものだから、、、一見ありがたーそうな内容だから、余計にタチが悪いと私は密かに思っている。傍らで見ているとハラハラするのである。

教えてあげたい病(やまい)=教えタイタイ病

いきなりこの場面に出くわした新たな参加者の方々、どうか怒らず、ムッとせず、その会の雰囲気や話せそうな人がいるかいないか、勘を働かせていただきたい。

当事者会は、介護のことを日常会話のように話しても誰も嫌がることはない貴重な場所である。うまく情報を仕入れて、毎日の暮らしに活かしていただきたい。


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自分の持っているものを活かす道を探る。

7月 18 2019 | 日々日常 | コメントはこちらから |

素早く行きたいものですわ_しゅたたたた

再読するなら声出してみようかな

昨日の続きです。重複する部分もあります。

大阪堂島にある、「本おや」(本は人生のおやつです!!) さんには、昨年末から何度か寄せてもらって間がなく、6月末の”作家さんと語る会”にも参加することになりました。 「渦 妹背山婦女庭訓 魂結び」は発売してすぐの3月に読んだのですが、2ヶ月経つと内容すっかり健忘。又普通に黙読するよりせっかくなので、全編声を出して読んでみたのです。それが面白かった!

声出して全部読んでみたからって、どうなるもんでもない

「渦」の自然な大阪弁にも驚きだったのですが、訥々と書き出される言葉の印象が、響きが面白かったのです。(音読すると、13時間弱)。無謀な一ファンは、会の終了後、録音CDと録音したボイスレコーダーを作家氏にお渡しし、担当編集者さんにも熱く語るだけ語り。”このお話は声に出して読んでも楽しい!”と。その反応はというと、当然といえば当然で、もうひとつな訳です。視聴覚が不自由な方への朗読みたいなものもある様子、そちらの方もあたってみてはとの言葉に、それもそうだなと思ったのです。

活かす道を探る。その1

次の日、地元の福祉センターの視覚障害者図書館というのに初めて行ってみた。もしかするとココなんじゃないかな、と言う行き当たりバッタリでありました。(視覚障害者図書館: 活字による読書が困難な人を対象に、点字図書及び録音図書の製作・貸出サービス、対面朗読サービスがある。また、点訳及び音訳ボランティアの育成・支援として講座・研修会の開催もしている。)と説明にはある。

訊ね、受付の殿方がおっしゃることは、“音読”が出来る人を育てることはしている、即戦力がある人を必要としていることと、すぐにその講習はない。一つの作品だけに特化したCDなどを全国に渡って貸し出したりするシステムではないということ。取り組んでいる“音読”は、書いてあることを的確に伝えることが基本なので、一般の朗読と言われる気持ちを込めて語るというのとは異なる。加えて、あなたがどの程度のレベルなのかが分かりかねるので、、、図書館で尋ねられてみてはどうですか。とのことでありました。ありゃ全く及びでない。あ、承知いたしましたと退散です。

活かす道を探る。その2

その足で、近所の図書館にも行き訊ねてみた。図書館(?)が提供する、対面朗読、というのは、視聴覚が不自由な方を目の前に、ご本人が希望するものを読んで差し上げるというボランティアなので、ただ読むだけではなく、障がいを持った方とのコミュニケーションの技術も必要になり、やはり講習を受けてもらってからでないと難しいということだった。

一つの作品に特化して語るというのは需要がない。加えて、アクセスのいい場所の図書館では固定の方がいらっしゃるが、離れた図書館では、交通手段が限られるので対面朗読の需要がないなど。

活かす道を探る。その3

子どもさんへの読み聞かせをする方は沢山おられるとのことで飽和状態な印象が。いろいろ集まりもありそうだ。しかしそちらに熱くなれるかというと、そういうわけではない。わたしゃ、この「渦 妹背山婦女庭訓 魂結び」が面白かったから、今、語りたい、というだけだからだ。

一般人が、この小説がおもろかったこの面白さを伝えたい!! と、熱い思いだけで動くには、世間の壁は大変厚そうである。

熱い思いは人に強要するものでもない。

どこかで 皆でこの小説の好きな箇所を選んで朗読会をやるというのはどうかとも提案(自分の周りで言うだけは言う)もすれど、朗読は一般人には敷居が高い、ましてや多くの人前で語りたい人がどれだけいようか。

朗読熱を、正しく伸ばせばいいんだよ。朗読会とか同じことを人に求めなくていいんだよ。勝手に一人で極めたらいいのよ〜とのお言葉に、あらまあそうかいねえ。と思い。

熱い想いを昇華させる方法を探す旅に出たのである。それが三週間前だ。

そうか、では2時間×7日間で、「渦」一冊朗読完了だ。誰か聴きたい人いないかな。あたしゃ喜んで語るよ。とか。(誰が聴きたい@@)

朝から晩まで「渦」を読む。これはどうだ。とか。

朗読ならば聴きに来る人は、初めての人ではないだろう。それは何度も読んだことのある愛読者である自分が誰かの朗読会に行くことを考えてみろ。読んだことのある本の朗読会に行くじゃろう?そんなロングな時間、誰が行くかいな とオット言うことでもあった。(そりゃそうだ)

読書というのは、自分の好きな時間にするからいいのであって、わざわざ体を運んで、人から言葉を聞くのはどうなんだとか冷静に考えてみると、思う。

本は人生のおやつです!!の店主さんにも、「渦」の朗読はいい!とメールで熱く語っていると、グンジョーさんが店内で朗読される、たまたま居合わせたお客さんがそれを聞く、とかなら出来ますよ〜。と、愛あるご連絡を頂き、実現にあいなったというわけでした。 朗読会が決まるまでの経緯は10日間ぐらいのこと。

大島氏、直木賞受賞でしたね。やったーの声が裏返りました。嬉しい嬉しい。おめでとうございます。会見、一つ一つの質問に、誠実に答える姿勢が嘘がなく、いいなあと感じました。このお人柄に惹かれる人は増えるでしょうねえ。

はてさて、次、朗読の機会があった時はどこを読むかを「渦」の中から探そうと思います。どうぞ、どんなんやろうと思った方は「渦」を手にとってみてください。あ、文字は小さいですよ、、、。目がしょぼつくので老眼鏡、おそらく必須アイテムです。私、夜の音読時には、かけましたかけました。


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感想「渦 妹背山婦女庭訓 魂結び」

7月 17 2019 | 日々日常 | コメントはこちらから |

スカッと跳びたい

三月末に、友人に読みながら送った、感想です。

このお話は凄いなあ。道を極めたいともがいている人、途中で諦めた人、自分の才能を見限った人、それとかいろんな人がそれぞれの自分自身を振り返って投影できる登場人物がいて、その当時の自分を追体験してなんと言うのかな、自分にけりをつけられると言うのかな。でも女性は少ないから、女性そのものじゃないんだけど、ハンサムな自分自身をやはり誰かに投影させて、苦しい気持ちとか、

あああの時の気持ちは半二が今思ってるこの虚しさに似てるなとか。章の最初の短い一行で、前の章からの展開をばさっと言うてしまうとこなんて、潔いし、えっ!?と思ってどんどん、いや慎重に読み進めたりとかして

わくわくするし、文楽の歴史のようなものもわかるし知りたくなるし、ドキドキするし

あの最後の獏氏が半二の作品観ての感想とか、その前の、俺はもうやんぴすると言う一連の気持ちとか、共感するところおおいにあって

半二になって一生(半生?)を一緒に走り抜けるようなとこもあるし なんや背中を押されるなあ

淡々と自分自身の落しどころを探すと言うのかなあ。

自分が芝居畑にいたからかな。伝わる伝わる、胸打つなあ。


自分の才能に見切りをつけられるまで、ほんまに引き際はどこやねんと、もがき苦しむから、それをちびりとでも経験したことのある人には、えげつなくヒリヒリ。その辺りかな、半二の心模様が淡々と書かれていて、ああ旨いこと表現してくれてる、そうやんそんなんそんなんて、読み進めたり。

だからか、義太夫の発表会(素義会)でも、どこに感動するかといったら、引き際がばさり、語り終えるとサッと切り上げはる方に感動したり。

もの作る苦しさとか嬉しさとかしんどさとかを水分量の少ない堆肥のようなぬか床のように表現しとる感じかなあ。淡々と冷たいけどふかふかみたいな。(いま目の前にカメに入った八分目のぬか床を見てるからそれに例えてみました。(^^)渦を読めて、あたしゃ嬉しい。 (終わり)

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以下からがホントの最初の文章ですー。これはガラケーしか持たない私が、「渦」を読んでるそばから友人にショートメールで感想を送ってるそのままです。
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いま、2章目の廻り舞台読んでます。面白いっ!!ドキドキするわ!!

あかん、おもろすぎや!!泪出るわ。すまんメールしてまう。

文三郎ともう亡くなった自分の師匠がダブる。笑泣きです。止まらん。愛護若名歌勝鬨(あいごのわか めいかのかちどき)の幕が開いて半二と呑んでるとこ。笑い泣きや止まらん。全然ちゃうねんけど。つぼや。なんか色々重ねて思い出して泣ける。

一度はちゃんと話をしたいなあと思いつつ、話す機会を持てず、不義理をし、そのうちあららと突然逝ってしもた師匠を思い出して泣ける。最後の章から一つ前のを読んでてなんでかわからんけど、号泣で。読んだぞ〜。こんな風に書けるなんて凄いなあ。凄いなあ。

お三輪ちゃんの最後の方の、もう300年とかなんとかのくだりで、ブワアと感極まるぞ〜いちいち深いわい。こんな心揺さぶられるものを書いてくれてありがとう〜と思う。慟哭じゃほんまに嗚咽する。

しばらく動けずで、最初、半二が文三郎からお前は感謝が足りんとか言われるくだりは、自分が師匠からよく、お前は根性がようないとか言われてたから重なる。

あの辺りの半二の心模様が、自分が日頃思っていたことともの凄く似ていて、重なって笑泣きや。「渦」読んで、師匠がもうおらんのだと言うことをなんか痛感した。泣きが止まらん。漏れ忍泣きと言うのか、でも笑いが止まらん。

泣きっぱなしや。止まらんわ。

なんか自分ごとばかりやねんけど、自分の節目節目の感情とか思いを色々思い出して、感情移入がものすごくて、全力で泳ぎ切ったあとみたいな感じ。(→最初に続く)


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声に出して読んでみるっちゅうのはハードルが高い?

7月 17 2019 | 人の身体と動作 | コメントはこちらから |

ぴーちくぱーちくgunjoaen

人前で、声に出して文章を、文字を読んでみる、っちゅうのは、ハードルが高い。しかし、自分一人でならば簡単そうだ。このご時世、認知症予防になる、いいぞ!ということが声高に言われている様子。はて。ほんまかいな。

声に出して読んだ人が記憶力がアップした、という記事などが、あり、検証もされているようで、ジュニアお子たちはそうかもしれんのだが、この硬くなってきた頭では、そりゃようわからんわあ、と感じている。「渦 妹背山婦女庭訓 魂結び」一通り声に出しては読んではみたものの、自分がそのお話のストーリーを誰が何をどうしたとか、ちゃんと覚えているかというと全くそんなことはなく。理解できないままだがとにかく語り進めよう、て感じなのだった。

登場人物はある程度多いし、著書のタイトルにもあるように、漢字のみで並びたてられる演目タイトル(外題・げだいと言うのだそうだ)(例:妹背山婦女庭訓が最たるものだ。八重霞難花浜荻?カナがふってあっても、慣れないからさらりと読めない!)小説では、声に出しているだけ読んでいるだけでは、人物相関図、人間関係は、実はようわからんのである。

自宅で語っていると、声に出して読んでるくせに、半分寝てるような感じの時も多かったし(半眼、悟りの境地か?)、滑舌を意識することもあれば、しないときもあり、口先だけで、”ちょもちょも” に読んでいるという感じである。まあなんというのか、そんなんでも読んでみると、関西の音の響きが楽しいという印象だった。

再読するなら声出してみよかな

「渦 妹背山婦女庭訓 魂結び」を声に出して読んでみたきっかけは些細なことだ。先日私が朗読をさせて頂いた、大阪堂島にある「本は人生のおやつです!!」(本おや)さんで、6月の末に、大島真寿美氏のトークイベントがあった。「渦」を読んだのが出版されてすぐの3月末。既に2ヶ月も経っていて、すっかり粗筋も忘れてしまっていた。も一度読み返すなら、黙読はもったいない、声に出して読んでみようといっちょかみの嬉しがりで思ったからだ。

一段目(?)をまず読んでみると、思いの外楽しかった。だいたい1時間5分。もしかして出来るかも、日々に刺激だ、ほんなら全部読んでみよかね、とボイスレコーダー片手に、無理やり読んでみたというわけだ。全編読んでみたら、約13時間かかった。(それは自慢か!正確に言うと、12時間半である。)

声に出してみると、思ったより自分がテキトーに言葉を飛ばしながら読んでるんだと言うことがよくわかる。読めない漢字はびゅんびゅん飛ばす。後では確認し直しましたが結構ありました。

全編(全段?)を読んでみて、印象に残った言葉はひとーつ。

拵える(こしらえる) 

この言葉が沢山出てきます。ものを作ると言う意味です。こしらえる は日常で 使っておりましたが、漢字があえてどんなんかを意識することがなかったです。後付けな感じですが、「渦」は物語をこしらえる人の物語。生きていて誰しもが物語を紡いでいる事を考えると、共通のものが沢山あるようにも思えます。


熱い想いを昇華させる方法

語ってみると「渦」の自然な大阪弁にも驚きであったのですが、訥々と書き出される言葉の印象が響きが面白かったのですな。こりゃええわいと、とにかく朗読したいしたい病になって、熱い想いを昇華させる方法を探す旅に出たのである。スタートが三週間前のトークイベントの日である。

そうか、では1日に2時間×7日間で、一冊朗読完了だ!誰か聴きたい人いないかな、とか。(誰が聴きたいんや)

朝から晩までどこかで「渦」を読む。初めて読む人と一緒にこれはどうだ!?終電で帰ることと休憩を考えると、朝8時スタートでないとその日に語り終えない、大変だわー(汗)とか。

一人で想像するのは勝手でなんぼでも幸せなのであれこれ人に言うたりしていると、本おやさんから連絡があり、”グンジョーさんが店内で朗読される、たまたま居合わせたお客さんがそれを聞く、とかなら出来ますよ、お客様は私一人かもしれませんが、、、、。”と、愛あるご連絡を頂き、是非、是非にと、、、実現にあいなったというわけです。

モチョモチョ、モチョモチョ書き込みましたが、「渦」は、なんやかんやで、イントネーションとかアクセントを考えんで済むので、関西人の方々が、声を出して読むのにはとても良いです。皆様方の手に取るきっかけに、、、、ナルトは到底思えませんが、ご参考まで〜。^^)/


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朗読会終えました。「渦 妹背山婦女庭訓 魂結び」

7月 16 2019 | 介護全般 | コメントはこちらから |

「渦 妹背山婦女庭訓 魂結び」ひとり朗読会 チラシ

「渦 妹背山婦女庭訓 魂結び」朗読会。暖かい雰囲気で終了いたしました。わざわざ足をお運びくださった皆様ありがとうございました。

どこを読むか迷った迷った。最終的には、以下の2箇所。どちらも30分ちょっと。
ーーーーーーーーーーー
◇あおによし P64〜P77
お熊婆とお末が、半二を訪ねて竹本座に来たところから、半二が路銀を工面し奈良に旅経つところまで。
ーーーーーーーーーーー
◇渦 P194〜P208
途中、治蔵と宇蔵のところ、「この二人を知らぬ者は、道頓堀にはいない」から、
正三が、半二に、『山城の国畜生塚』 『天竺徳兵衛郷鏡』を又観に来るわ、と別れたところまで。
ーーーーーーーーーーー

ええとこ(盛り上がるところ)になると、つっかえるのが何度か。
これは今後の課題やわねえ。だいたい自分はええかっこしいを意識すると、つまらないものになってしまうのですよねえ。「渦」のとこ(段?)は、読むのが難しい。どこを読むかを選び出すのもまた至福の時です。

1回目は、お一人、本屋の方が聞きたいと来てくださいました。+店主さん。
元気が出たとおっしゃってくださいました。
(読んだ箇所が、お末ちゃんが出てたとこだしねー)

2回目は、この間の本おやイベントに来られた常連さんと思しき女性と、大阪の朗読を勉強してはるとおっしゃる、岐阜出身の女性。そして男性がお二人。  楽しかったと言うてくれはりました。

いい経験でした。合間やその後の、お客様とのお話が楽しかったです。
店主さん、おもてなしがお上手ですよう。素晴らしい。

岐阜出身の方が行ってはる教室は、
私が行ってみたいと思っていた朗読の教室だったので驚きました!
(講師がNHK朝ドラで大阪ことば、関西ことば指導されてる方でございます:NHK朝の連続テレビ小説「まんぷく」「ごちそうさん」「マッサン」「わろてんか」 )

学ばんとねー。こりゃ。朗読は、簡単ではごじゃりませんです。

「渦 妹背山婦女庭訓 魂結び」は、関西人が朗読で読むのにぴったりやと思います。奇をてらったり、イントネーションやらアクセントを気にしなくていいのでね。本当にスルスルと、楽チンに読めまする。はい、ご報告まで ^^)

この作品、直木賞にノミネートされていますねー。素晴らしいですね。発表は明日〜ドキドキしながら待ちますわー。自分のことみたい〜^^)「渦」を読む機会のある方が増えますように。


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いいエプロンなんて、ない。

7月 07 2019 | 介護福祉用具 | コメントはこちらから |

空飛ぶクリームパン

そうか、私がいいよーとこのブログに記していたエプロンのお知恵は、動けない人に対してのものだったのね。と実感したのが、先日の認知症介護者の会での定例会でのこと。

当日参加人数がとても多かった。30名を超えた。10年ぐらい前の、会員数が多かった時を彷彿とさせるような賑わいで、嬉しかった。
4つぐらいにテーブルを小さい島に分け、行った。それぞれのテーブルでは話が弾み、皆満足げに帰られたように感じた。こちらは一会員としての係りなので伸び伸びできる。

女性も同様、男性もお若い方が増えている。子育て真っ最中の方も、来られ、私は嬉しかった。

いいエプロンて、どんなもん?

どうしても食べ散らかしてしまうお連れ合いに対して、いいエプロンを教えてさしあげて、と世話人さんに振られる。テーブルを移動して、お話をさせていただいた。いくつかのやりとりをしながら、市販の思い浮かぶもの(何処にでも売っていそうなもの)を何点か。そして思い当たる地元のお店をいくつか無理やり挙げてみたものの、わたしゃ虚しさでいっぱいになった。

動き回ってしまう人への、いいエプロンなんてない。のである。(と、今の私の知ってる範囲からすると、、、。)そして万人に合うエプロンも、ない。

エプロンなんて、ほんまに気休めにしかならないのだなあと痛感した。特別養護老人ホームなどでも使われる、撥水加工のあるポリエステル素材、織り生地首で留める式の大きいエプロンは、暑い時には多少ムレもあるだろうし、気持ち悪さで払ってしまったり、外してしまったり。胸元に違和感が出るのは仕方がない。大きく動いてしまう人には無理だなああ、と思う。

服を全部着替えさせる、というのは、今までも多くの方々から聞くことであった。が直接、これがあれがとお話しする機会がなかった。

エプロンて、誰が使う?

うーむ、洗濯しやすい服を着てもらうようにして、毎回変える 汚れるのは仕方がないですねぇ、、、、、、何かいいものがあれば、いい方法があればいいのですがねえ、、、ともお話をしたり。

エプロンをして、日常で誰しもが食事をするか?と考えると、エプロンは赤ちゃんだったり、幼児だったり。キッチンに立って料理をする時にエプロンはするが、大の大人はエプロンをして食事はしない。人からつけられると、嫌がるのが普通だなあとも思える。

そりゃポケットが付いてたりするものもあるし、ばあちゃんをみていた時は、胸元に塩ビのシートをクリップで挟んだだけで十分事足りた。洗いもしやすいし重宝した。しかしそれは、祖母が手でエプロンを払わなかったからだ。胸元からむしりとることもしなかったからである。

シャツの胸元に防水スプレーをする? そんな毎回やってられないだろう。

いいエプロン?そんなものは、ないわいのぅ。

嫌がるのはわかった上でせいぜい胸元にタオルを置く、首元におく、、、ぐらいか。 その方の様子や、症状による。

残念ながら〜万人に合うものは、ないわいのぅ〜〜〜〜〜と思いまする。お店はお知らせしたものの、気休めにしかならないことがわかるため、なんだかがっくりしてしまった先日でした。

以下、群青亜鉛の記した、エプロンに関する過去の書き込みです。


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『渦 妹背山婦女庭訓 魂結び 』ひとり朗読会

7月 05 2019 | おしらせ | コメントはこちらから |

「渦 妹背山婦女庭訓 魂結び」を読む。ひとり朗読会 チラシ

ご無沙汰致しております。と、大阪で、こんなことを致します。何度も書きなおしているので、一度更新をしていただけると最新記事を読んで頂けます。
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たまたま居合わせたお客様に聞こえる朗読会

本おやで『 渦 』を読む ~ ひそかなひとり朗読会 ~

【朗読する本】:
『 渦 妹背山婦女庭訓 魂結び 』 大島真寿美:著  文藝春秋:出版
【開催日時】:2019年7月13日(土)  ー 終了いたしました。
       11:30~12:00, 
       14:30~15:00
【参加費】:無料
【場所】:「本は人生のおやつです!! 」店内 
     大阪市北区堂島2-2-22堂島永和ビルディング206

本おやの片隅で、 いち読者が『渦』の一節を朗読します。 
本職の朗読家でありませんが、
BGMがわりに聞いて頂いたり、 
本を読みながら聞いて頂いたり。 
少しでもお楽しみ頂けたら幸いです。

【朗読】 : 群青亜鉛 (ぐんじょうあえん)
【お問い合わせ】本おや店頭、 06-6341-5335(本おや) にて。
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義太夫の発声を習い始めました。

“義太夫(ぎだゆう)とは・・・義太夫節の略。義太夫節は、江戸時代に大坂で人形芝居「人形浄瑠璃」の語りとして成立した三味線音楽です。創始者の竹本義太夫(たけもとぎだゆう)にちなみ、義太夫節と呼ばれるようになりました。(出典:文化デジタルライブラリーより引用)”

お三味線とともに、物語を紡ぎ出し、語り、唄われるのが太夫さん。その語る物語は義太夫、と呼ばれる。文楽(人形浄瑠璃)は、国立文楽劇場が出来た当初に数本観た程度ですが、声を出す事に興味はあり、友人に誘われ教室を覗いたのが昨年末です。

どんなものかと申しますと、”義太夫の語りは古典世界の「ラップミュージック」”(※参照記事、末尾記載)素晴らしくぴったりな表現では?!ネットで発見致しました。私は歌舞伎と文楽の義太夫の違いがまだわかっていない初心者ですが、共感を覚えました。

お師匠様のお稽古を体感していくと、義太夫の発声、語りは、声を作るのではなく、語る人が既に持っている“その人だけの声” を自分の中から掘り起こしていく作業なのかも?と感じる事が増え、手習いが続いています。同じ演目を語っても、全く異なる味わいになるところが魅力です。

『渦 妹背山婦女庭訓 魂結び 』

友人に勧められ本を手に取りました。「妹背山婦女庭訓」とは250年弱、時を経た今でも歌舞伎や文楽で上演し続けられている大人気演目です。今回朗読させていただく『渦』は、大坂の道頓堀に、芝居小屋が立ち並び、演目を競い合っていた江戸時代のお話です。この浄瑠璃作者、近松半二の半生が軸になっており、「妹背山婦女庭訓」を作り出すまでとその後そして現代までが綴られています。

読み始めると私既に、なりきりへなちょこ半二に。当時の道頓堀界隈に暮らしている気になりました。人形浄瑠璃、歌舞伎の舞台作りに関わる人たち、そしてその周辺の人の、思いのヒダヒダまで伝わってくるようです。

乾いた淡々とした語りは余計に心に染み渡ってくる印象。胸ざわつき、360Pを一気に2日で読んでしまいました。2回目は全編声を出してみたのですが、違和感のない音の響きでするすると読め、はまってしまったという訳です。

会場は、大阪の堂島「本は人生のおやつです!!」

新刊書籍と古書と雑貨を商っておられる、なんともぼんやり出来るいごごちの良いお店です。本が好きでたまらなくて、本屋になりはったという熱い店主さん。本を読まない人が来れる本屋さんを目指しはったそうです。彼女は本のことや感想など語り出すと止まらずで、そのひたむきさにも語彙力にも驚かされ、初対面の印象は、女性版の”さかなクン”でした。この本屋さんで朗読をさせていただきます。
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当日は、予約は特になしでOK。時間中、退入室自由。参加費もありません。ご興味のあられる方はお気軽にいらしてくださいませ。へなちょこ半二に出会えるかもしれません。(どうも私が読むと、阿呆ぼん半二は、へなちょこに変身するような気がしましてね、、、。ーありがとうございました。 終了いたしました。

 


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