イラストレーター群青亜鉛が発信する、104歳おばあちゃん介護のイラストエッセイ。介護の工夫と次の一歩。

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本編『 群青亜鉛のばあちゃん介護 』(’97〜’08年)も併せてご覧下さい。
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入居してからの福祉用具のお悩みは(つらつらのやり取り)

11月 06 2018 | 介護福祉用具 | コメントはこちらから |

20141108食事無理っすよ

(つらつらで本日1900文字です)
特養に入居して、だんだん体の不自由さが増して来ると、じんわりと聞かれるのが福祉用具のお悩みである。ご家族からちらりと聞かれたり、当事者会でも話題になったりする。ご本人がお元気な時は問題はないのだが、暫くして転倒等で骨折し、体の状態が悪くなってくると、はたと困るのが、福祉用具〜。

これはもう、なんとも言えないなあと感じているこの頃。ばあちゃんをいろんな福祉用具を学びながら親戚同士、あるいは入居後もお助けマンを続けた経験があるとは言え、なんとも言えまへん。いろんな要素が絡んでくるよなあと思うこともあり、一概にどれがいいとは言えまへんと思う次第です。

“基本的な車椅子など福祉用具は、施設が準備すること”になっているそうなのだが、その辺り、利用する側には伝わっていないことも多いようで、ぐるぐる堂々巡りのお悩みを抱えられたりされる。

その根拠はどこかしらん?と思って、「介護保険法」の条文の中を厚生労働省(?)のネット上で集中して探すが辿り着けずで、
こんな(↓)記事はあったが、根拠の箇所はわかってません。

www.wel.ne.jp/bbs/article/154.html

でも自治体は、こーんな(↓)資料とかを作っているので、(H24 P5に福祉用具についての記載あり)基本施設での準備なのだろうと言うことはわかる。

www.city.funabashi.lg.jp/jigyou/fukushi_kosodate/001/02/p023726_d/fil/funabashi-tsuchi.pdf

20年以上高齢者介護の現場で携わっていた、知人の元ケアマネさんに尋ねたところ、

>古い記事ではこんなのが出てきますよー。 とのお返事が。

www.wel.ne.jp/bbs/article/11923.html

以下、つらつらのやり取りを。(メールでのやり取りですから 曖昧ですのでね。記載はご本人に承諾済みです)
ーーーーーーー
ありがとう。通所介護中の知人には、担当ケアマネさんをせっついて探してもらい〜など声をかけてます。

福祉用具は 一番わかりずらく、悩める部分だわと感じます。変に助言もできましぇん(°▽°)スタッフさんの中に一人はいると信じたい、福祉用具を分かっていそうな、マニアの人を見つけろ〜とか。委員会があると思うのでそこのメンバーに相談してみるとか、そんなことばかり伝えてます。 と メールをすると
ーーーーーーー
>マニアはいないですよ。
>与えられたものしか、知らないだろうから。
ーーーーーーー
ーとのお返事で。あれまあマニアはいない?そうなのかしらん、アリやりゃ。
ーーーーーーー
>(介護保険法の条文の)どこに書いてあるかは
>わからないけれど、
>基本、施設が用意します。

>ただ、
>人がね多様でしょ。
>そんな
>まぁ経営的なことから
>家族が用意してくれたら
>ありがたいわーん
>的なはずです。

ーーーーーーー
>老健でも
>特養でも
>リハから教えてもらうとちがうかな。

ーーーーーーー
>施設の用具は補助金で買うので
>実際はあんまり
>買えないんだよね。
ーーーーーーー
 ー補助金なのね、訊かないとわからんわー。
ーーーーーーー
>うん
>それに、大きいから廃棄の問題もある。
>家庭みたいに出せないからね。

>最近の施設は、
>(福祉用具を)持ってても困るし
>利用者の体に合わないこともあるから
>福祉用具の事業所さんと提携して、レンタルしていたり、レンタルを紹介したりしてるかな。

ーーーーーーー
返信遅くなりすみません。ぐんじょーです。いろいろ返信ありがとう。毎月行っていた、体験会での情報交換の貴重さを痛感しますよ~(°▽°)。

悩める家族さんから語られる施設の様子は憶測なども含まれたりするので、もうなんともよくわからない、聞くだけしかできないとも思えます。福祉用具に関しては、ご家族さんの持ってる知識のあるなしもその後の対応が出来る出来ないに関係してきますし~(°▽°)。

その人に合う福祉用具を使いつづける、その前の段階では合う福祉用具を選ぶ になるけれど、スタッフさんのチームプレー等も含めて総合的な力がいると思うので、一概にこれがいい、あれがいいとは言えないことも感じます~(°▽°)。

福祉用具はやはり大事やなあと思います。言うてくれはったみたいに、リハ系の職員さんに相談してみたらとは知人に伝えてみようと思います。

以上です〜。
ーーーーーーー
うーむ。今年度は、福祉用具体験会はお休みであります。昨年とは違い、専門職の方と直接お話をすることが減り、加えて、有志のメンバーとも集まる機会が減りました。

専門的なお話は、、、専門家にお任せするのが一番やと思っています。素人の私があれこれ考えても なんにもできませんで、消耗するばかりですから。とにかく振ったりでございますなあ。続きはまたえっちらおっちら。


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家族介護者会は流動的

10月 23 2018 | 介護者会・家族会 | コメントはこちらから |

前回は、当事者会である介護者家族会での委員会への派遣について記しました。今回は、会は流動的なものだということについて記そうと思います。思いついたままですから、まとまりがないのはお許しください。今回は1200文字弱です。

参加メンバーは変わる

参加しているメンバーによって、集まるメンバーに合わせて、会の内容は変わって来ます。家族介護者会(社協バックアップの)というのは全国にあるのですが、一つとして同じものはないと思われます。

今のメンバーには、ずっといていただきたいなあとは思いますが、それはどうなるかわかりません。自分だってどうなるかわかりません。離れるかも知れませんもの。いやはや、会が出来てから、20年弱が経っています。創設メンバーも、年齢を重ねられました。御自身の体調管理も大変です。いつの間にか退会される方もいらっしゃいます。 交通手段が限られ、会場まで遠くなり行き辛くなったことや、あるいは、御家庭の事情というものもあるかもしれません。必要があれば集まり、もう必要ないなあ、あるいは通うのが難しいなあ、と思ったら去られるのかなあとは思っております。会が、ご自身が理想とするものとは違って来た、などもあるかもしれません。

だんだん状況は変わりますが、最初の創設してくださった方々の想いを引き継ぐことは大事だと思っています。多くの人に来ていただく為にも、楽しい企画を考えますが、表面的な楽しさに流されないようにとも思います。いちばんそれが大きいかなあ。

固定化すると、新しい方が入りにくくなる場合も

居心地のいい場になればいいと思うが、居心地のいい場→常連さんばかりが集う→メンバーが固定化され、新しい方が入って来にくくなる→ 長年続いている会は、多かれ少なかれ、そんな傾向がある様子です。これは、いくつかの会を体験された方から聞かれた意見です。
私の関わる会は、20年弱。 介護保険をきっかけに出来た会です。全国的に見ても同じぐらいの時期につくられた会が多いのかもしれません。

いつも考えていることは、固定化しないようにではなく、新しい方にもどんどん入って来ていただきたいということ。

10年経てばメンバーも変わリマス。何年かぶりに顔を出して下さる方もおられる。そんな方とは、創設時のお話を伺ったり、あるいは接点のある時代のお話も絡めながら、近況を伺ったりいたします。 知った顔の方がおられないことは残念ですが、また 別の魅力を感じてくださったらそれはそれで嬉しい。反面、また来たいとは思えない場合もあるかもしれない。

変わることを受け入れて運営する

アンケートをとって、会員の方々に尋ねながら、会を進めています。どの会も、見えないところで ウンウン悩みながら唸りながら、四苦八苦で運営しているとみて間違いないと思っています。変わるのはしゃーない。そんな感じでございます。


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家族介護者の会の、かなり重大なお役目とは

10月 22 2018 | 介護者会・家族会 | コメントはこちらから |

介護者の会

介護者家族会_交流会


(今回は1800文字ぐらいかなあ真面目なお話でございます。)
本日は当事者会(主、高齢者を介護している家族が対象)の項目以下。

自治体主催の各種審議会への委員派遣

合同世話人会がうまく運んだ要因は?

委員依頼するときの昔と今

今後の委員代表は世話人以外にも門戸を開く?


住んでいる自分の自治体には、高齢者を介護する介護者の会 が二つある。どちらも社会福祉協議会の協力の元にある。

一つは認知症介護者の会。
一つは高齢者介護者の会。

若年層を介護している介護者の会との線引きをするために、名称がこうなっているのだと思う。あくまでもわかりやすくするための線引きなので 曖昧な部分もあり、介護経験はないが、今後の学びの為という方もいらっしゃる。高齢者介護者の会というと、加齢に伴う身体機能の変化により介護が必要になった方を支えている方の会と思われるがそればかりではない。障害を持つことになった(持っている)高齢の方をケアしている家族の会であります。

自治体主催の各種審議会への委員派遣

先日、二つの会の世話人が一堂に集まり、世話人会を行った。介護者会は、お互いを支え合う、という側面もあるが、以下の各種審議会に、委員派遣を行うという、社会的な活動の側面もある。

会員は全員が介護経験のある当事者である。委員として出ているのは、介護を体験したことのある当事者である。他人事ではなく 実体験としての言葉が発信できることが強みである。以下が派遣する審議会である。

・地域密着型サービス等運営委員会
・地域包括支援センター運営協議会
・高齢者・障がい者権利擁護支援センター運営協議会(社協担当)
・市権利擁護システム運営協議会
・市高齢者福祉計画・市介護保険事業計画策定委員会
(社会福祉審議会 高齢福祉専門分科会)
・地域福祉計画策定委員会
・社協地域福祉計画原案策定委員会
・認知症疾患医療連携協議会
・社協評議委員会

年間、約11名ぐらいの人が関わっている。任期はそれぞれ異なり、1年のものから6年ものまである。最初の4つはどれも2年任期だ。今期は、連携しているものを除いては、全て、異なる人に出席してもらえていることが嬉しい。誰かに偏るということがない。 それは、多くの人に考えるきっかけとなっていると思っている。

委員会の報告はどうしてる?

委員会出席後の報告は、それぞれの会報誌でおねがいをしている。膨大な内容は、決して全部は伝えきれないので、要約だけを会報誌に掲載。”興味のある方は、委員にお尋ねください”としている。時間があるときや早急に知ってもらわないといけない場合は、定例会での発信となる。

合同世話人会がうまく運んだ要因は?

今回の合同世話人会は、委員会のつぎの引継ぎはどちらの会がするか、それぞれの会のイベント時の広報について そして情報共有に関して話合いが出来た。

今迄の合同世話人会の中で一番内容が詰まっていて、スムーズに運んだ様に思う。何が要因かと考えてみた。共通認識ができたことではないだろうか。

どちらの会にも入っている私は、片方に出ればもう片方のイベントの宣伝をちらりちらりとやっていた。それがきっかけで、両会の行き来が増え、どちらの良さも感じていただけるようになった。それも大きい。委員会に関してもだ。

委員会はとても大切な審議会で、当事者会の代表として私共は出席していて、この物凄い量の審議される内容をどう会員の人に伝えたらいいんかいね?というもどかしさを共通の認識として持てるようになった。話合いが円滑に行くことを実感した。

委員依頼するときの昔と今

以前は、社協から直接世話人さんに話があり、個人的に引き受ける 印象が強かった。「参加してもらうだけでいいから」、が声かけの時の文言で、委員会での話し合いの内容のシェアはなし。

現在は、社協を通しての打診には変わりはないが、会を通して、世話人さんに打診をする。当事者会の代表として行くのだから、情報は会員の皆さんに共有をしていただこう、という風に変わって来た。考え方にもよるが、委員として出席した方だけの情報ではないと考えている。

これがスムーズに行くまでに、5年はかかったー。そんな大げさな、と言われたが、いやいや、ようやく普通のこととして 話合いが出来ているので涙がちょちょぎれるぐらい嬉しいのである。

今後の代表委員を選ぶ範囲は

現状では世話人さんでないと委員会の声かけはないのだが、一般の会員の方でも代表委員をしていただけるようになるかもしれません。

さて、この続きはまたいつか書きますね。いつの間にかようわからんまま何とか計画って決まってるのね、、、と思われることが多いかもしれませんが、当事者代表で、審議会で意見をしてくれている人がいます。みなさんの地域にある介護者家族会も調べて見てくださいね。


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お初な胃カメラ

10月 15 2018 | 介護全般, 病院・お医者さん | コメントはこちらから |


(今日は短し。540文字だ。)

ああストレスか。このストレスは大体検討がつく。
胃がいままで生きてきた中で、いちばあん やけにイタいので、胃カメラ飲んだ。

病院の予約より30分早く着くと、30分早く始まった。

終わって 最後に『上手でしたよー』って看護師さんが声を掛けてくれたが、
なにが上手なんかさっぱりわからん。
拷問じゃねーかよううー、と思う。
ーーーーーーーーー
ベッドに上むいて横になって、麻酔するのではなく、麻酔のジェルクスリ?を喉に含んでしばらく置いてから飲み込んで横に向いて、マウスピースみたいなものを口にくわえて、黒い細くてながーい胃カメラを喉に突っ込まれる。舐めてましたよ。

ゲボゲボゲボで入ってすぐにもう嫌だ〜と思う≈。最後まで耐えられるとは思えないぐらい弱気になる。

呼吸は 鼻から吸って口から吐いて下さいね♪っておっしゃいますが、
喉の管のほとんどは胃カメラで埋まってるから、
どこから息が吐けるわけだ?漏れるって感じかい?とか思いながらで

目から涙でるし ぐええええとむせるし ゲボゲボ ゴホゴホ ぐえーで
なんてったって その姿を看護師さんと操作する先生に見られているのがなんともイヤーな気持ちである。

ほんまにこれは 死ぬかと思った。

次回する時は麻酔にしよう。

あ、結果、胃は綺麗だったようです。


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ただ、職員さんに訊ねればいいだけなのだが。 洗濯物回収場所はどこ?

10月 09 2018 | 高齢者介護施設 | コメントはこちらから |

眉間のしわをのばしますのイメージ-gunjoaen本日700文字。即読めますな。1分半位でしょうか。いらっしゃいませ。

オット母方ばあちゃん、100歳。特養入居中である。ヨメぐんじょうあえんの役割は、オット母様の 通い介護のぼんぼんぼやきをぼやぼや聞くことと勝手に思っている。

既に入居してから何年か経っている。

私は毎回、答えている。

”おかーさまの悩みを解消するのに、解決策はただひとつ。スタッフに、洗濯物を出す場所を訊ねるだけだ。”

それは未だに実行されないままでありまする。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

汚れた衣服が先日行ったときのまんま、まだ部屋の同じところに置いてあった。

ずっと同じ衣服を着せられたままのように感じる。着替えさせてくれないのだろうか。

ーーーーーーーーーーーーーーーーー
うちのばーちゃんが入居していたときも、衣服について、結構母がぼやいていたので、オットおかーさまの言うことは充分理解が出来る。

「おかーさま。施設には、汚れた衣服を回収する、カゴの置き場が必ずあるはずですのねん。その場所を職員さんに訊ねて、洗たくして欲しい衣服を放り込むだけで解消すると思うんですねんけんど、いかが?」

解決されない気持ちのくすぶりは、延々オールリピート、オールリバース。ヘビーローテーションでございます。なのでワタクシは聞くことにくたびれ果て、聞き流すようになってしまった。(四◇四)もうかれこれ 5年は経っている。ぼやきの内容は殆ど覚えなくなった気がいたします。

まったく行動に移されないのは、やはり何か理由があるのであろう。

「亜鉛ちゃん、聞いてんのん?また寝てるわ」

すぐ寝るヨメ、すぐものを忘れるヨメ、としての地位は不動のものとなり。オット母上様のお悩みは、まだまだ解決しそうにありまへん。


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身内が入居していた施設を悪く言われると腹が立つのだよ

10月 06 2018 | 高齢者介護施設 | コメントはこちらから |

過去、祖母が入居していた特別養護老人ホーム。
そりゃ長所もあれば、マイナス面もあるだろう。

預けている家族は、長く通っていると、なんとなあくは様子を把握していくものでございます。

そんなもろもろをなんとなあく分かった上で、じゃあ、そのおや?と思うところをどうしていったらいいかいねえ と考えて
自分たちが出せる力も考えながらの最善を探すわけです。出来るところの全力を出す。

それの十数年間。

間接的に知っている知人が、自分自身の身内をお願いしているわけでもないのに、人から聞いた評判なども含めて、勝手に解釈して
あそこはねえ、、、と知ったかぶりして思わせぶりに語るのを聞くと、本当にむっとするのだ。

その施設を少しでもいい環境にしたいよねえ、と、施設が運営する家族会にも関わり、意見を出しあい、母と共に力を出してきた自負もある自分であるものだから、たとえばちょっとなにかで関わったとか、なんとかのつながりだけで第三者に知ったかぶりされるのは、気持ちのいいものではない。

あるいは、重箱の隅つつきのようにされるのも、げんなりするのである。お願いだ止めてくれ、もういいってば、私にはもう何も出来ないのだからと思うのだ。

そりゃ、どこでもいろいろあるだろう。そして祖母が亡くなってからかなり経つ。中の様子も変わっているかも知れないし 変わっていないのかも知れない。

入居者さんのご家族も、知識のあるなし、等でものすごく感じ方には差があるものだ。ご家族のコミュニケーション力、もちろんスタッフさんのコミュニケーション力にもよるかも知れない。求めるものも違うだろう。そして、入居される方のお体の状態や、心の状態も様々である。だから一概にいい、といっていたり不満があったりなどしてもそれをすべて真に受けるのは違うと私は思っている。

だから、知人が えらぶって知ったかぶりして、あそこはねえ、なんて訳知り顔で、話をしていたりしていると、あっかんべーーーーーーーって思うのだ。

今までの経験で、その知人には、でもかみつくだけ、消耗して、時間の無駄なのをもう理解している。

だから、ふんっ、と思うのだ。本当に、ふんっっっ。である。


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当事者会の運営、どうすりゃいいのさ。

10月 05 2018 | 介護者会・家族会 | コメントはこちらから |

かふんふんふん

どうすりゃいいのさ?秋も花粉ふんふんである。嗚呼、鼻が乾燥するわい。(本日1000文字。さらりと読めます♪)

さて。当事者会に世話人さんで関わるようになって、どうすりゃいいのさ?と思うことばかりである。

とは言っても、社協さんの協力があるので、自発的に当事者だけで立ち上げた会とは趣がちょと異なる。ゆるーいのかもしれない。

まったくゼロからの立ち上げは、発会当初の世話人さん(当時は役員さんと呼ばれていた様子)が担ってくださったので、ありがたいことに土台は出来上がっている。会則もある。

会長さんは代替わりで、現在は3代目。発会当初の世話人さんは会員として残って下さっていても、世話人としてはもうおられない。

主体はあくまでも介護者なので、社協が導いていくのとも違う。どんな会にしていったらいいのかは、世話人間で意見を出し合いながら、会員さんにアンケートで訊ねながら、ちょっとずつちょっとずつ思うことを言葉にもしていきながら、形になっていく。

介護保険が施行され、会が出来た年にわたしは入会した。年齢的には一番下ですが、在籍年数は世話人さんの中では最長老組にであります。介護でも精いっぱいなのに、人様の手助けをすることにもなる世話人さんは、年齢を重ねられると、ご自分の体調も不安定である。逆に遠慮して、お互いが話せなくなると言うこともある。

関わるようになって困ったことが、何を参考にしたらいいのかわからん、ということだった。お手本がない。”なんか変よねえ”と思っても、それがどう変なのか、私は何を基準に「変」に感じるのかが皆目掴めないというわからなさ加減なのだ。

仕事で利益を得る人たちの集まりではないし、自分の意思で来た人ばかりの集まりである。 とにかく分からないことばかりだった。

そんなときに、セルフグループサポートセンターというのがあるということを知った。こことの出会いや関わりは暗中模索の中に、光を感じたぐらいである。(直接的な関わりというよりも、このことを記した書籍から、力をもらっているという感じだ)

当事者の家族会は、セルフヘルプグループとも言う。自分たちの力で自分たちを助ける。かな。

介護サービスはいくら使える様になっても、心のざわめきはなかなか整理がつかなかったりする。人に言うてもどうにもならんぶつぶつのぼやきは、自分の考えを整理して、次に進むきっかけになることを介護者会にはいってから理解できるようになった。人のお助けを借りようと思えるきっかけになったりもするし(それが自立というのかもしれない〜)学びが多いと思っている。

今日は短し、つづきはまた今度〜。


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当事者会での関係性〜当事者(介護している本人)が中心の運営は

10月 03 2018 | 介護者会・家族会 | コメントはこちらから |

いらっしゃいませ。本日の文字数1450文字。長いです。読もうと思われる奇特な方、以下、どうぞ〜。

運営側が誰かによって会の性質は異なる

私が関わっておりますのは、高齢の介護を必要とされている方を介護しているご家族が集まっている会 であります。
一概に介護している人の家族会といっても、中心となる人が専門職の方々が中心の場合と、当事者が中心の場合では、性質はまったく異なるのであります。ので、全部をいっしょくたにしては語ることは出来ましぇん。

考えたときに思い浮かぶのが「対等」さ。当事者が中心となって運営する会は、会員皆さんとの関係は対当なのであります。上下はないです。

運営に力を出す世話人と、参加者は対等な関係

介護をしている家族は、別に、特別なものではない。介護に関わるのが日常。大変な様々に出会うこともあるのだが、極端な表現をするとそれは哀れまれる存在でもないはず。そして、強いて言えば、助けられるべき存在でもない気がしている。専門職の方々には、自分たちで解決していくのをちょっと離れて見守っていて欲しい、溺れてヘルプ!と助けを呼んだらちょっと助けてもらえるとありがたい。

一人だけで背負って介護をしている方の場合だと、目の前の介護を必要とする人しか見えない。自分一人あるいは他の人がどう介護をしているのかをまったく知らない場合はどうしたらいいのか選びようがない。考えつく選択肢が全くないと行き詰まるのだ。そこの工夫を現在進行形介護中の方々から直接聞くと、自分の中の介護の思い描ける範囲が増え、どうしていったらいいかのイメージが広がり 選ぶことが出来るようになったりする。介護中の方から聞く工夫は専門職の方から聞くよりも、説得力があり、腑に落ちたりするのである。

たまに、助けたがりの方がいらっしゃいます

大昔に、当事者会に ボランティアをして人助けをして人を支えるのが大好き、と思える方がいらっしゃった。 結果的に、当事者会ってなんだろう?と考えを深めることにつながった出来事を以下に。

初参加のその方は、ご自身の行いでこれだけ人に感謝をされました、という経験談を延々と語られ、私の助けが欲しい方は是非〜と自己アピールをされた(ような覚えがある)。

その時の私たち出席者が持つ違和感は相当なもの。なぜここに来られたのかが理解出来ないとわたしは感じた。自分たちの足で立って、自分たちで考え、自分の力で前に進んでいこうとしている 自分の中に既にある力のようなものを理解されていないようでありました。(自分だけではなく、人のお力も借りつつであります)

毎回自分が何を期待してきているのかが分かる。

自己満足の対象に、私たちが使われる?

いやそないに、全力で助けます〜と来られても困るのだ。あなたの自己満足に、私らを使わんでくれ。ボランティアで全力で入られて、あなたがいなくなったときに、その助けてもらった人が何も考えられなくなったり、何も出来なくなったらまた困るのだ。緊急な場合はまた別だが。どう責任取ってくれるんだい、てなもんである。 

わたしらは 最終的には 会の中でいろんな交流を通して、自分で話す、人の話を聞く事により、気付き、自分で考えて、自分で行動し またどうしたらいいかを考える様になり、人の力も借りていいんだなあと思えたりするような気がする。自然と、自分の足で立てるようになっていて、それは尊いものである。 自分一人で全部やるのは無理なのだと気付くのもそうだし、しんどい自分を「しんどいよねぇ」と認められたり、必要だと感じると人に助けてーと言えるようになったり。(それがなかなか言えなかったりもするのですが)。

そうそうたくましく生き抜くためのお知恵を、ここから頂いているような気がするのである。

あら、ちょっとタイトルからえらくはずれた気がするわ〜。
専門職が中心の場合はどんななんだのお話は、またいずれ〜。


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他人事ではない自分ごととしての災害対応。避難グッズ話、認知症介護者会

10月 02 2018 | 介護者会・家族会 | コメントはこちらから |

そんなこんなのあれこれがありつつ、先日は、会員である認知症介護者会に出席。
2つの介護の家族会(当事者の会)に関わっているので、どうにかバランスを保てているのかなとも思う。片方は世話人として。もう片方は、一般会員として、である。

先日の定例会でのイスの配置はアイランド形式でありました。島型と呼ばれ、部屋の中に島をいくつか作る形式です。

ロの字にテーブルを並べるのが通常ですが、ロの字型では、人数が多くなると人との人の距離が離れすぎで、
家族会の場合はどうかなと思うことがあるのです。今回は、よくある3人が並んで座れる会議用テーブルを、向かい合わせに4コ並べる×2ヶ所 のアイランド形式でした。この日は特にテーマはなく、それぞれが思うことを話し情報交換する日でした。

どこに座るかは結構大事だと感じています。初めて来られた方のお隣には、世話人さんが配慮され、お話を親身になって聞ける方にさりげなく座ってもらうことが多い様子。当事者会ではどの会にも適任者がおられる様に感じます。今回はその適任だわ〜と思う方は離れて座られ、私が隣に座らせて頂くこととなりました。話すうちに、その男性は初めてではなく、間をあけながも何度かいらして下さっている方だということが分かりました。

お声掛けするのは、私は得意ではない。言葉ひとつひとつ選びながらで慎重になりすぎるのだ。逆に回りくどい表現となり、相手に届かないこともたびたびだ。気を使いすぎの対応は、相手にこの人は何が言いたいのだ?と少々疑問や不信感を抱かせてしまうこともよくある気がしている。 

ですが、当事者会ではマンツーマンで話すわけではなく、参加者お一人お一人が体験談も交えながらのお話となります。介護で悩む様々も、その方は気持ちよく話すことが出来た様子。そしてみなさんのお話からいいところもうまく取り入れられた様子。散会後にお訊ねすると「いやあ来て良かったです。いいお話が聞けました。」晴れやかな表情をされていた。このとき言葉だけを受け止めると違うこともあり、帰られるときの表情や様子は丁寧に見守ることが多い〜。出来ないことも多々ありますが。

今回は、そのいつもの適任の方が離れて座られたこともあり、普段は受け身で関わることが多かった私なのだが、まだよくは存じ上げない介護中の方の側に座る事で、学ばせていただくことが多かった。

台風21号の停電で困ったこととしては、、、
在宅介護中の方は、電動ベッドの昇降も背もたれの角度替えも出来なかった。が上げられた。
昔よく見られた病院の手動式ベッド、レバーをくるくる回して昇降、角度替えする型だ。電動と手動、両方の機能があるものがいいと。

加えて私は来たる台風24号に備えて、当日の午前中、ホームセンターで避難グッズの補給の購入をかなりしたため、大型レジ袋に満タンの避難グッズ×3袋をそのまま持参していた。 せっかくなのでテーブルの上に広げて、皆さんに紹介とともに台風時のことも語らせていただき、ああすっきり〜。

避難グッズは、ネットやテレビ画像等で見るだけではイメージがしにくい。実物を手に取って見てもらうと分かりやすいのですな。 テーブルで回していくと、へー、ほう〜、はあ〜と触りながら説明読みながら、実生活とそのグッズを皆さんが照らし合わせることが出来る利点があると感じました。

最初は自分のテーブルでのみでしたが、皆にみせてほしいとの要望で、なんやかんやと全員にグッズを見てもらうこととなり話しっぱなしとなり。

昨日記したような自治会での疑問も、ケアマネさんとの会話には入れ込みながら(包括支援センターは、お困りごとの窓口なので、頭の片隅にでもあれば何がお役に立つかもと) 他人事ではない自分ごととしての災害対応を〜と力説。大きな声も出せたので、ほどよい疲れ加減になり、心が落ち着くことが出来ました。

はあ、やはり、声が出せる場、は大事ですねえ〜。皆さんもうまい具合に発散(?)出来る相性のいい場を見つけて表現してみてくださいまし〜。

(※ちかごろは、書くことが沢山あり 書くほうに重点を置いていて、イラストをくっつけられていません〜)


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避難するのも罪悪感。どこから情報得たらいいのよ、の困惑とか

10月 01 2018 | 地域福祉 | コメントはこちらから |

台風24号で被害に遭われた方々には、心よりお見舞い申し上げます。一日も早く、なんでもない穏やかな日常をおくることが出来ますよう、心より祈るばかりです。

9月に発生した台風21号では、怖い思いをしました。本日はそのときの心模様を少し。加えて、その台風情報が得られるかと思って出席した地域の自治会での「?」はてな な思いも。イラストなく、つれづれと3800文字!長いので、それでも読もうと思われた方のみお付き合いくださいませ。

介護中の方というよりも、介護が終わっての方必見?の、避難に関する内容です。周囲への気付きや 近隣とのつながりや 手助けに関しての内容も多く含んでいます。


振り返ってみました。

避難するのも罪悪感が

台風21号の進路のまっただ中にあり、台風が通り過ぎるのをただただ待つだけの時、住んでいる地域に、「避難勧告」が出た。暴風と共に雨も強くなり、停電になった。自宅アトリエパソコン前で仕事をしていたが、昼だが雨戸を閉め切っていたこともあり真っ暗だ。オットは仕事でおらず、一人である。心配した姉が車を走らせてくれ、それに乗り安全な場所へ避難をした。

その途中、豪雨の中、町内のおねえさまに出会い、「群青さ〜ん避難場所に行くの〜?」と問われ、「いえ家族のところに行きます〜!」「気をつけてねー」とやり取りしたものの、まずは自分の身を守ることが先決の自分自身に罪の意識を感じ、避難することがいけないことをするかのように感じた。

これは初めて感じる思いだった。避難途中では、唖然とたたずみどうしようとオロオロする人を多数目撃し、”大変な様子をぼーっと眺めとらんと、あんたらとっとと逃げなはれ〜!” とは わたしが感じたことである。その人々の様子は、東日本大震災時のテレビの映像と重なった。

結局は何事も、、、なかったから良かった様なものなのだが、もし何かがあっていたら、、、思いを引きずっていたかもと思うとちょと心しんどい。


日常を戻すのに誰も一生懸命

台風がおさまってから、安全を確認しながら自宅に戻る。停電で真っ暗闇でもあり、台風で自分の住む町内がどんな様子だったかはさっぱり分からん。次の日の朝、近所を歩き回ってはみたが 壊れたもの等わかりやすい情報しか目に入ってこなかった。あとはネットでの情報集め。思ったほど、当事の画像は公開されてはいなかった。約二日間、広範囲に渡った停電で作業は何も出来ずだったので、電気が復旧すると、仕事の遅れを取り戻すのに必死のパッチな日々を送るのでありました。


情報得たい!自治会に出席するも

それから約2週間の時間が経ち。月1回の町の自治会に出席した。出席しなくてもいい立場ではあったのだが、その台風21号時の、全体像あるいは地域でどうだったのかが知りたくて出ねばと思ったのだ。

期待して出席した町内会、会長さんの開口1番が、

「もう、台風の話はみなさんようさん話されていると思いますので、その話は今日はなしで行きます。」

”っ??? 何〜それ〜???”

”え?わたしはそれが知りたくて参加したのだけど、それ、なし????どゆこと?”

してない、してない、この町内での台風の話、わたしらちっともしてないし出来てないし。自分の住んでる界隈での災害の話を、住民全員が情報共有してると思ったら大きな間違いですよ〜?! 

みんなで立ち話程度でも話をしてるだろうから?もう話し飽きただろうから???って何?

そう思ってしまうのは、情報がご自身の周辺に自然に集まり、状況を把握していたからであって、大きな勘違いとんでもない!へんてこりんな表現が許されるならば、ある意味ご注意、特権階級?的意識なのかもしれませんのよーーーーーっっ。

自分の住んでるエリアは結構台風被害が大きかったと思うので、界隈ではどんなことがあったのか、ちょっと俯瞰の視点での話が聞きたかったのです。今後世帯それぞれがどう対策したらいいとか、町内会では何か一つ 台風関連情報があってもいいんやないのと思ったのですが、、、、、ありませんでしたのですなあ。


ご近所の方々は、常日頃顔を合わせているのか?

否。生活の時間帯がバラバラということもありますし、台風の後は、ご近所もご自宅の片づけやいつものペースを戻すのに一生懸命。そんなにお会いすることもなく、台風時の話をする機会がありませんでした。そのせいなのかもしれませんが、その月の町内自治会は、わたしが知っている中でも、一番参加人数の少ない会合でした。大勢の方が参加されるかと思ったのですが、その少なさに驚きました。

住宅街には大きな被害が及ばなかったからかしらん?誰も、怪我、あるいは大事に至ることがなかったからでしょうか?

自分は夫婦だけの世帯ということもあるからか、住むところの情報は、必死?で得ないと得られないことを痛感〜っ。

かかわるコミュニティの数、や質で、情報の量は全く違うことを考えさせられました。


自分のコミュニティーを振りかえってみよう

結局、台風に関して直接話が出来たのは。(ご近所ですよ)

台風当日に話せたのは、ご近所の叔父様一人。(〜台風過ぎ去り、真っ暗闇のなかでの会話。〜)

二人目は、次の日の朝、後片づけとご自宅周りの掃除をしておられたご近所のおじ様。

三人目は同日、町内会の集金に来られた班長さん女子。

たったの3人だけでした。
+ 自治会当日、お隣に座った女性。

合計4人。それでもよかったと思うべきか。あとはもう時間が過ぎ過ぎてなかなか。
朝、ゴミ出しで出会っても、皆慌ただしく立ち話とはいかない。

おそらく子どもさんを持つご両親のコミュニティでは密に情報交換があるだろう、
仕事場でのコミュニティもあるだろう、
3世帯同居などされている方は、間接的にその情報を得ることが出来、
なんら困ることはないかも知れない。
あるいは趣味のコミュニティー然り。
いろいろなコミュニティーから皆さんは情報を得ていると思われる。

それを見聞きしているから、住民みんな大丈夫だろうと思ってしまいがちではないか。でもそれは大きい範囲の情報で、ご近所情報ではないかも知れない。こぼれ落ちるのは、高齢者ではない一人暮らし世帯。 高齢者ではない夫婦の世帯?

高齢者世帯や 介護中の世帯、あるいは子育て世代には どうにか目が行くかも知れませんが、
コミュニティーをたくさんもっていない人はどこから情報を得たらいいのでしょう。

危ういなあと思います。本当に自分が今出来ることを少しづつやっていかないとと思います。


どうにか得られた災害情報

今回、中学校区ぐらいの大きな集まりで問題になったことは、(何の集まりかおぼえておらずですが)
実際に避難して来られた方がここでは受け入れられませんと拒否されたり、あっちに行ってくださいと言われたり、
もう移動出来ないぐらい暴風雨がひどくしょうがないのでここで待機してくださいとなったことなど。

???津波のときの避難場所と、台風のときの避難場所等、災害の種類によって避難場所が違うらしく、現場で混乱があったのだそうだ。

その情報が得られただけでも、町内会に出た甲斐があった、よしとするべきか。

はて。この情報とっても大事だと思うのだが、今のところ回覧板なども特に回ってこずで、シェア(共有)は、ない様子。一部の人だけが知ってる内容になるのかな? それもなんだか「?」でありまする。また話し合ったことは、住民に返してくれて、回ってくると信じたい。

結局町内会での災害に関する情報は、その最後の一つのみ。 極めて、極めて少なかった。


まず出来ること。つい抜け落ちがちな事。

次々災害が起こるので、息着く暇なしの近頃だ。皆、まずは自分自身の周囲を守ることで大変である。

高齢者の方々の避難、病人のいる方々の避難、子どもさんのいる方々の避難が大事だわーというのは、共通認識の様子でありますが、その前に、情報がそれぞれの人にちゃんと届いているのかという点をイメージしてみることが大事な気がしている。


自治会で発言するのは勇気がいるの

これを読んでくださっている皆様は、ぐんじょーさんがここに書いてある様ないろいろな事は、自治会の会議の上で発言したらよかったんちゃうのん? と思った方々ヨウサンいはると思います。 

されどその時は唖然、な驚きで心満タンそれどころではなく。振り返ってみても他の出席者からは誰も何も発言はなく。と言うことはどなたも困っておられなかったと言うことではなかろうか。その場での発言などまったく出てくる様子もなく、もう自分は自分で情報を集めようと思いましたんです。

そんなもんなの?どんなもんでしょう?はい、残念ながら、余裕がないと出来ません。余裕がないので、そうなりました。まずは自分自身や 自分の家族などを守ることで手いっぱいで、それをまずはせんと、人助けなど出来るはずもありません〜っ。もちろん町内ご近所の繋がりを、もっと作っていかんとな〜の思いもありながら、ですよ。

(今回の台風24号では「避難準備・高齢者等避難開始」が発令された段階で避難をしました。前回での経験で、「避難勧告」が出てからでは、周囲の様子は凄まじく、避難するのも大変だった為。)

うちんとこはいい感じやん?と思ったら

“私のところでは、そんなふうではなかったわ。団結していたもの”、等これを読む方の中ではいらっしゃるだろう。 
それはそれでおうらやましい。台風がきても安心と思えたそのお知恵、ご近所の取り組みがどんなふうなのか、周囲のご友人に是非とうとうとお話してください。これではいかんと思う方が増えるよう。重い腰を上げる方が増えんことにゃ、なんにも変わりませんのどす。


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