目次
 

年譜 1993年〜2003年

ばあこ脳梗塞で入院 ('93年6月〜)

5人交代で介護('93年8月〜)

3〜4人交代で介護('94年1月〜)

2人で介護('00年8月〜)

1人で介護('00年4月〜)群青は時々手伝う程度

ばあこ再び倒れ入院('01年11月〜'02年6月まで)
(最後の1ヶ月は3度の食事介助を母と2人交代で)

老人保健施設に半年間のお泊まり

特別養護老人ホームで過ごす (更新`03 2/25)

年譜その一
 
1993年

(平成5年介護初めての年)

  6月中旬 ばあ脳梗塞でトイレで倒れる。入院

ちゃりんこをこいで30分の距離に新婚の私がいたため、
白羽の矢(?)が当たる。ばあちゃん孝行プラス親孝行
ちっともしてへんかったんで、
こりゃ、母上を助けたらな、と思い、付添人に加わる。
親戚5人交代で付き添い。
(叔母3人+孫の私+姉)
最初は病院で泊まり。食事は自分で出来ず、介助する。
付き添いベッドで寝るのはつらいぞー!!

  8月中旬 ばあ退院、家に戻る。これからが大変。

ほとんど毎日大掃除。消毒アルコールはかかせない。

介護は入院中と同じく、うちの母、叔母2人、私と姉の5人でやる。
     
町の民政委員来られる。こんな委員さんがいはるんや。知らんかった。

最初は譲っていただいたポータブルトイレを使う。
バケツひっくりかえした様な、病院と同じ形。でも、高さが低く
軽いため、介助しにくく、座りにくく使いづらい。

ベッドは私が実家で使っていた
二段ベッドを使う。
うちの母上はなんでも置いておくたちなので、ばあちゃんちの押入
になぜかこのベッドが置いてあった。でもこれも高さが低くて介助しにくい
介助者が腰を痛めそう

  8月下旬 やはり、お上のお助けを借りねばと、 市の福祉課の係の人と保健婦さん来られる。

  9月

デイサービス申し込むが順番待ち。そんなうまくはいかんもんだ。 訪問入浴サービスに切り替えてもらう。

過労のため、私なんと、2週間入院。(>_<) やっと休めたーと、内心ほっ。 介護体制5人から3〜4人交代制(うちの母と叔母2人、一月に1回姉)に。 ぐんじょう退院するが、しばらく介護当番よりはずしてもらう。

  9月 3人交代とはいえ、みんな通いなため、大変。
ホームヘルパーさん来ていただくことに決定。
週2回火、金、ヘルパーさん来られることになる。
時間は昼食をはさむ、10:30〜12:30

ベッドが低くて、みんな腰痛に。
市の「老人日常生活用具給付」制度を利用
市より
ベッド貸し出し。ベッド来る。

  10月 待ってました、入浴サービスについて市より説明に来られる
中旬よりサービス開始に。

  10月中旬 訪問入浴サービス開始月1回。

●百貨店に介護ルーム出来る。しかし実物少なくカタログ販売が多し。

11月よりぐんじょう再び介護に戻る。
親戚の事情により私を含めて母、叔母の3人交代制に。
11月下旬群青とオット、ばあちゃんと同居始める。

年譜そのニ
 
1994年

(平成6年) 6月で2年目

 

この年利用したサービス、介護の体制 

訪問入浴、月1回たまに臨時で月2回
      
介護体制は母、叔母、私の3人交代制
月1回、群青の姉も、参加する。
ヘルパーさん週2回 A.M10:30〜P.M12:30

同居のため、必然的に介護の比重が群青に多くかかってくる。
   
  1月

家で入浴できたらなあ。ヘルパーサンの助言で、
風呂用椅子の給付を福祉課に打診。

  2月 風呂用椅子の給付すごい(^^)
ヘルパーさんと私で一緒に入浴介助始める。

  4月

ヘルパーさん新規交代。
ばあ風邪をひく、高熱38度続き点滴打つ。

  6月下旬

ウォシュレットも給付があるかもしれないとの話を聞き、 こりゃまた福祉課に電話して聞く。
とにかくだめでもともと、まめに聞くことですね。

ウォシュレット付く。

外出するのが大変。
玄関の段差をなくするスロープを親戚 に
作ってもらう.
これで車椅子のまま、家のなかから、外にでれるように。
外出が楽になる。

  9月

ちょっとは介護のノウハウを勉強したら、楽に出来るようになるかいなと私が市主催の家庭介護教室に通 う。 (週1回3ヶ月コース。無料。)

  10月中旬より

月一回  市のリハビリの先生( 理学療法士《PT》さん) と保健婦さん来られる。
     

介護者がいかに身体に負担をかけないで 介護出来るようになるかをサポートするために来ている 、とのことです

  10月下旬より

一月に一回の往診始まる。
(退院してから約1年後)
看護婦さんは月に最低2回は来て下さる。

年譜その三
 
1995年

(平成7年)6月で3年目

  1月

市の福祉課より椅子型ポータブルトイレ届く
(リサイクルですがしっかりしていて高さもあり、 介助しやすく座りやすいので大助かりです。

 
1/17 阪神・淡路大震災(ガス、水道止まる。)
   

祖母のベッド周りには何も置いていなかったため、祖母も大丈夫。 私たち夫婦も本棚の下敷きにはなったものの、けがもなく、大丈夫でした。

電車不通のため叔母はしばらく来れないので、3人交代での介助は無理。 私中心で2月一杯乗り切る。いざというときは力がでるもんだ。今やれと言われても、ちょっと出来ひんわー。

  2月

2/1 水の確保がやっと出来るようになったらしく、訪問入浴再開
月1回、7月まで。

市より再びリハビリの先生来て下さる。
鏡見ながら立つ練習背もたれなしで座る練習。
3〜8月まで、月一回来て下さる。3月は2回
それ以降はデイサービスの利用も始まったと言 うことで3ヶ月に1回位の割合。

2/28 ガス、水道やっと出る。

  3月より

介護体制、3人交代制に戻る

往診再開(2ヶ月に1回 )

  7月

デイサービス担当の方来られる。
訪問入浴に変わって
週1回デイサービス利用始まる。
(申し込んでから1年10ヶ月後)

  10月中旬より

家に近い所に新しくできたデイサービスに 変わる。

  10月中

無我夢中でやってきた、ばあちゃん介護。
みんなよくやってきたから、息切れしないように そろそろ使ってもいいんじゃない? と
初めてショートステイ利用。(1泊)
ばあは、そんないやでもなかったみたい。

  11月下旬

ばあちゃん入れ歯があったら、もっとちゃんとしゃべれるのにね、
歯医者通い始める。市が指定しているとてもいい歯医者。

ばあ、以前のように1時間続けて本を読むことが少なくなる。
最近左目が直ぐ曇ってきて疲れるとのこと。
しんどそう。手術も考えた方がいいのかな、、、。

  11月より

1ヶ月に1週間 ショートステイ利用すること にする。
(退院してから2年3ヶ月後にやっと。すげーしんぽじゃ。)

  12月

あまりにもばあの介護ばかりで私は地区とのつながりがない。
専門家でなく一般市民の介護者の話も聞きたいので、私が、
地区主催の介護者の集いに初めて参加する
このとき初めて、老老介護が多いことを知る。 1人で看てらっしゃる方が多い事も知る。

 

私が腰痛に悩まされるようになる。
リハビリになるからとベッドからトイレまでの2メートル位 の距離をかかえて
歩かせて連れていって居たがもう、むり。
車椅子で移動することに。 楽な介護のやり方を考えるようになる。

   

年譜その四
 
1996年

(平成8年) 倒れてから6月で4年目

 

この年利用したサービス、介護の体制

月1回1週間  ショートステイ利用
 毎週月曜日   デイサービス利用(よって月3回利用)
3ヶ月に1回  市よりリハビリ先生、保健婦さんと来られる。
   月1回     往診  
    
介護  3日サイクルの3人交代制。

   
  1月

ばあ正月は自宅で過ごす。
1月3日より1週間ショートステイ利用し、その間介護者の新年。

  4月

ヘルパーさん新規交代 A.M10:30〜P.M12:30

  5月

ヘルパーさん再び交代

  7月

市役所に許可もらい、ショートステイを10日間利用する。
(7日間と3日間に分けて。)

  8月〜11月までの介護ノート紛失。(2冊))
その間のことはわからず。
   

年譜その五
 
1997年

(平成8年) 倒れてから6月で5年目

 

この年利用したサービス、介護の体制。

月1回1週間  
ショートステイ利用
  毎週1回   
デイサービス利用
   月1回    
往診
介護のシフト  3日サイクルの3人交代制。
ヘルパーさん週2回

   
  1月

年末、正月は自宅で過ごす。1月3日より1週間ショートステイを利用し、 介護者はほっと一息。

  3月

ショートステイ中、落ちた本を取ろうとして ばあベッドから転落。床に顔をぶつける。 骨には異常なし。打撲のみ。

  4月下旬より

民間の訪問リハビリ利用開始。 1回2時間程度で週2回利用。

  7月下旬

市より訪問看護婦さん来られる。

  8月

ばあちゃんがベッドサイドに自力で座れるようになるといいなあと、
市の福祉課にリハビリ用のベッドの手すりの給付について尋ねる

市より保健婦さんといつものリハビリの先生(PTさん) られる。
PT(理学療法士)さん、こんなのは?と手すり持って来てく ださる。すばやい反応に感謝。 しばらく使って様子をみる。
      
市の保健婦さん、PTさん又別の手すり持って こられるが、ベッドにあわず。
ばあちゃん新聞97年9月号ヲ見る

  9月上旬

ばあちゃんのリハビリについて、色々思いあぐねる。
ヘルパーさんから新しくケア施設が出来たと聞き、 すぐさま連絡をとる。 まず私一人で説明を聞きに行く。 審査があるらしい。

最初はショートステイが目的だったが、デイケアもあると知り、 駄目で元々、両方希望とすることに。

ケア施設に面接に行く
。ばあ本人と私で。 

ケア施設の
デイケアとショートステイの利用決定。
なんちゅうラッキーなことでしょーか。

  9月中旬

ばあ、食事をテーブルで出来たら、いいリハビリになるよなあと思い、こりゃまた、保険福祉課に打診する。PTさん新しいリハビリ用の手すりと車椅子用のテーブル(板のみで、倉庫に眠っていたやつらしいが)を持ってきて下さる。

デイケアの説明会に行く

これからばあの日常生活のリハビリをどうするか、
訪問リハビリの先生と色々話をする。
リハビリテーブルがいい
とのこと。
市にリハビリテーブルの給付か助成お願いできないか打診する。行動、行動(^^)

デイケア通い始める。
ばあちゃん新聞97年10月号ヲ見る

市役所の保健、福祉課より電話あり。
リハビリテーブルは給付、助成の対象外で補助は出来ないとのこと。ショックー!!
      
本好きのばあちゃんが、白内障がひどくなったため、本がほとんど読めなくなり眼科の診察受ける。
      
ばあその場で
白内障の手術を決める。うっそー!!
86歳で手術するんー??(^_^;)
身内もびっくり!! 介護体制どないしよー?(☆_★)
ばあちゃん新聞97年11月号ヲ見る

  10月

市より保健婦さんPTさん来られる。

ばあは、デイサービスもデイケアも行ってるので、訪問リハビリはいちおう終了とのこと。白内障手術のことも報告。
     
眼科に診てもらいに行く。
      
病院に手術の話を聞きに行く

  11月中旬

白内障手術のため入院する。ばあが入院して感じたこと 
次の日、右眼を手術。 
1週間後、左目を手術。
ばあちゃん新聞97年11月号そのにいヲ見ル

  11月下旬

退院(入院から2週間後)

  12月

2回眼科に検診に通う。ばあちゃん新聞97年11月号そのさんヲ見ル

ばあ、入院により身体の動きが悪くなる。かなわんぞー。

  12月下旬

ばあのからだの回復を考え、今月のショートステイはやめておこう
と、私の中で勝手に決める。けれどもみんな顔には出さないが、バテバテ。ふっとした表情が険しくなってる。介護者はちっとも休んでなかったためやはり、ショートステイ利用する事に。(1週間)
この間、みんな家のかたずけをする。
デイサービス とデイケア通い、12月はまるまる休む。

  自分の家族のことよりもばあのことを優先してきた4年間。
ばあは元気になるが自分は4つ歳をとった。
時々とても疲れを感じる。
   

年譜その六
 
1998年

(平成10年) 倒れてから6月で6年目

 

年明けより利用しているサービス、介護の体制。

月1回1週間   
ショートステイ利用
  毎週1回   
デイサービス利用(よって月3回利用)  
  毎週1回   デイケア利用(よって月3回利用)  

   月1回   
往診
     ヘルパーさん週1回
介護のシフト  3日サイクルの3人交代制。

   
  1月

訪問リハビリの先生体調壊され、しばらくリハビリはお休み。

  2月

デイケア再開
ヘルパーさん新規交代。 
眼科へ。定期検診。頭皮の乾燥診てもらう。

  4月

このままでは、介護だけで毎日が終わってしまう。
みんなそれぞれ、 家の事片づかない。他の事出来ない。余裕がない。

私自身、
自分の未来が考えられない。とほほ(^^;)
      こりゃ、やばい。

  
老人保健施設
ショートステイも使うことにする。



   が、ばあのリハビリに必要な小道具を色々考えたり、
    送迎、準備などで、群青、よけい忙しくなる。ひー(^。^;)
     
でも、うれしい悲鳴です。

 
4月より利用しているサービス、介護の体制

 隔週で   
ショートステイ利用
      (老人ホームのショートステイを1週間。
       1週間自宅にもどる。
       老人保健施設のショートステイを1週間。
       1週間自宅に戻る。)
  
隔週で月2回   デイサービス利用
  隔週で月2回   デイケア利用

   月1回   
往診
     ヘルパーさん隔週で月2回
介護のシフト  3日サイクルの3人交代制。
以前の事を考えるとかなり楽にはなる。
でも、これでもしんどい。なにかいい対策はないものか、、、。
   
  8月

市の高齢福祉課より、低床タイプの車椅子を給付していただく。

終わりの見えない介護。自分の将来にも不安がよぎる。弱音をはかず、がむしゃらに介護してきたが笑顔でいるのはそろそろつらつらい。孫の私がでしゃばってあまりにも関わり過ぎではないだろうか?

「このままでは倒れてしまう」と自分の身体と精神に赤信号が出る。介護をしているメンバーや、祖母をとも色々話し合った結果 、ショートステイを使えるだけめいっぱい、使わせてもらうことにする。

3人交代で介護しているのに、こんなにショートステイを利用しては、、、とも思いましたが、自分の身体を二の次にして介護を続けることはもう出来なくなってきていました。なぜ孫の私がここまでしなければいけないのかなどと見当違いな高飛車な思いも芽生えたりもして、、、自分でも気持ちの整理がつきません。加えてどんどんマイナス思考になってしまいます。

 

9月より利用しているサービス、介護の体制

ショートステイ利用のサイクルは。
(老人ホームのショートステイを1週間利用。
一週間自宅にもどる。
老人保健施設のショートステイを2週間利用。
1週間自宅に戻る。)

月1回か2回  デイサービス利用
月1回か2回  デイケア利用
2ヶ月に1回   
往診
ヘルパーさん月1回〜2回
介護のシフト  3日サイクルの3人交代制。

   
  10月

今後の課題
ショートステイの予約が毎月予定した日から取れる訳ではない
ので、ショートステイを増やしたことにより、不定期なデイサービス、デイケア利用、ヘルパーさんの利用日の減少、と、公的なサービスとの兼ね合いがうまくいかなくなりました。現在ヘルパーさんの利用は月1回です。

ウチのように、月のうち3週間もショートステイを利用している家は珍しいらしく、その間に公的ヘルパーさんを利用というのは、前例がないそうです。こうなると、民間で派遣してもらいたいということだそうです。

でも、民間はいつも同じヘルパーさんが来てくれるわけではないし、

ヘルパーさんの質もちょっと、不安。結局民間には頼まず。

ヘルパーサンのかわりの訪問看護が利用出来るようになってから、ヘルパーの派遣をうち切るようにすると言うことでした。前例がなくても必要なのは私達。色んなサービスの使い方があるのです。

年譜その七
 
1999年

(平成11年) 倒れてから6月で7年目

  2月

新しい老人保健施設のショートステイの利用をはじめる。

年が明けてから不規則なショートステイの利用。3月までにデイサービスは何回か行くがデイケアは一度も利用せず。(風邪やショートステイの日程があわなかったため。)そのためデイケアでせっかくばあちゃんのために組み立てて下さったリハビリのメニューがうまくいかない。デイケアも順番待ち状態のため、「今後もショートステイ優先の介護体制を家でとるなら利用打ち切りになる可能性がある」と、スタッフの方に言われる。

 

4月から介護の体制(更新 ’99 6/29)

  
ショートステイ利用のサイクルは。

老人ホームショートステイを1週間利用し
       一週間自宅に戻る。
老人保健施設ショートステイを1週間利用し
       1週間自宅に戻る。

在宅時は1週間おきに(月2回から3回 )デイサービス利用
1週間おきに(月2回から3回 )デイケア利用
1週間おきに(月2回から3回 )
訪問看護のリハビリ利用。
1週間おきに
(月2回から3回 )歯の治療のため歯科医院に通 う。

2ヶ月に1回程度      往診

1ヶ月に1回程度、看護婦さんに様子を見に来ていただく。
     ヘルパーさん利用せず。
介護のシフト  3日サイクルの3人交代制。

   

年譜その八
 
2000年

(平成12年) 6月で8年目

 
まーなるように、なるさ。だが、皆くたびれてきた。
一番しんどいのが、きっと往復5
時間かけて通 う叔母。
 

3月まで介護の体制。(更新 ’00 4/05)

  
ショートステイ利用のサイクルは。

老人ホームショートステイを1週間利用し
       一週間自宅に戻る。
老人保健施設ショートステイを1週間利用し
       1週間自宅に戻る。

在宅時は1週間おきに(月2回から3回 )デイサービス利用
1週間おきに(月2回から3回 )デイケア利用
1週間おきに(月2回から3回 )
訪問看護のリハビリ利用。

2ヶ月に1回程度      往診


介護のシフト  3日サイクルの3人交代制。

   

  7月

ばあ、介せんの疑いが出る。
そのため、ショートステイはどこも受け入れてもらえず、
サービスはまったく受けられず。約2ヶ月過ごす。

医者から診断書を出してもらい、その提出で始めて訪問入浴カーのサービスが受けられるようになる。こんな時ほど本当に助けが欲しいのに、入院さえさせてもらえないとは。みんなクタクタ。身も心もぼろぼろ。

  8月〜

母と群青2人で介護することになる。

年譜その九
 
2001年

(平成13年) 6月で9年目

 
10月〜2001年4月まで、半年ロングステイ
(ショートステイの長い版)
 

10月まで介護の体制(更新 ’01 10/02)

  
ショートステイ利用のサイクルは。

一ヶ月のうち(5泊ショートステイ+5日在宅)×3施設
在宅時は週に2回デイサービス利用
(月1回 )訪問看護のリハビリ利用

病気になった時に      往診


介護のシフト 私の母が1人でみています。群青はその合間のサポート。
5日程、泊まりで来て、また5日程帰宅、という繰り返しです。

   

 

そんなこんなで

  11月

ばあちゃんまた倒れる。救急病院に入院。

年譜その十
 
2002年

(平成14年) 6月で10年目

  現在

〜2月現在まで入院中 昨年末より昼食のみ口から食事。
あとは鼻チューブで流動食。
毎日母上が、昼食介助に。
群青、時間があるときだけ、時々ヘルプする。
車椅子に座り、自分で食べる事もできるようになる。

(更新 ’02 2/08)

4月中旬より、昼夜口からの食事。
       朝は鼻腔チューブによる経過栄養

5月上旬より、3食とも口から食事が出来るようになる。
朝晩は群青食事介助する。昼は母上にお願いする。 (’02 6/12)

トイレは全部ポータブルトイレでする。夜はパンツタイプおしめを念のためあてがう。

退院後は予定は、老人保健施設でのロングステイを半年。
(介護者の休養のため、毎日の食事介助とトイレ介助で、腰痛に、、、)

12月〜特別養護老人ホームに入所

目次へ

年譜その十一
 
2003年

(平成15年) 6月で11年目

 
特別養護老人ホームで過ごしています
   

 

グリコのおまけ
 

 

  いっちゃんさいしょのページ くわしいもくじ

gunjoaen@hello.email.ne.jp

制作:(C)群青亜鉛
2002(改訂)

.