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つぶやきはここ
                 

2002年 夏のばあこ
 


2002 06〜
08


病院のポータブルトイレ

(C)群青亜鉛

ばあこ、入院中。
もう半年が経つ。

5月の2週目より、鼻腔経過栄養チューブはずれる。
3食口から食べられるようになる。
1週間に一度のお風呂。
月〜木は午後リハビリ。
トイレはポータブルを利用 。(最終的に自宅のを持参)
一日6〜8回トイレに座る。
在宅中と同じぐらいにやっと体の状態が戻る。
ただし食事は刻みだったのが、ミキサー食しか食べられなくなった。

6月下旬退院す。その後は、老人保険施設のロングステイ。
予定は12月まで。

あったらいいなあ。
 

2002 08/28

老健のようなシステムの、特別養護老人ホーム。こんなんあったら一番ええんやけどなあ。みんな行きたいよね、きっと。

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ルドン展
 

2002 08/26

「今日の夜行バスで、ルドン展観に行ってくるわ〜♪」

夕方の4時。旦那の事務所に電話する。
観に行けるとしたら、もう今日明日しかない。決行や。

「はあ?どうぞ。」

旦那のOKも出た。ほっぽって、めざせ!島根県立美術館。ネットを使って、電車での行き方、バスでの行き方を調べる。今から行けば、明日の夜には帰ってこれる。ごっち、行くでー!

大阪梅田夜10時半発、松江行き夜行バス。行きも帰りも残席あと一枚、のギリギリチケットを手に入れる。片道およそ6時間
朝の6時半過ぎに、松江に到着。2時間ほど、駅でぼーとしてから出発。美術館は川沿いに歩いてたったの約15分。美術館の周りは湖。広々としていてなんて贅沢な環境なの〜っ!!

事の始めは、先週のえねえっちけーい教育放送での新日曜美術館。ぱっとテレビをつけるとこのルドン展を紹介していた。今までルドンを意識したことは一度もない。でも、なんとなく覚えていた絵に興味がわき、家にあった美術本の西洋の近代のあたりを開いた。

使っているルドンの色の組み合わせが、印象が、今の気持ちにしっくり馴染んだ。観たい〜!本物の絵に接したい!!

美術館のルドンの版画はもちろん絵画の数がまた多く、ゆっくり観て一時間半。そして常設展の中身がまた濃い濃い。池田満寿男の版画が一つの展示室を占めていた。全部観ようと思ったら、一日仕事である。またこの美術館の閉館時間が粋だ。3月から9月までの期間は日没後30分までとある。

ルドンはもちろんよかったが、常設展の中にあった高村光太郎の「手」は特に印象深かった。国語の教科書に載っていたので知っている人も多いと思うが。この手が大きくて、雄大な感じで、思わずほっぺたを寄せてしまうような、あたたかい、手。ほんと、手だけなんだけれど、まわりをぐるぐる何回も回って、自分の手でも同じ格好をまねて、見ているだけで、子供に返っていくような、そんな手でした。

この美術館のゆったりした時間の流れの中で見たからこそかもしれないけれど、ここに行く価値は十分あります。場所が本当にいいなあ。

あ、そうそう。水木しげる氏の「ゲゲゲの鬼太郎」に登場する目玉 おやじは、でっかい目玉が表現されていたルドンの石版画によって、インスピレーションが湧いたのだそうですよ。(^^)

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ボツ原稿
 

2002 08/20

ちょっとオカタイ?

先日、AM神戸(558KHz)で、毎週日曜日の早朝5時15分〜5時30分までやっている「60歳からげんきKOBE」という番組からインタビューの申し出があり、その収録に行ってきました。放送は9月下旬から10月上旬の予定。日程が分かり次第またお知らせします。群青の声が聴きたい人は是非、聴いてみてください。早朝ですから、わりと遠くまで電波がとどくようですから、関東の方も聴くことが出来るかもしれません。

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気になるお値段は
 

2002 08/14


ばあちゃん、介護認定4。
介護老人保健施設ロングステイ(6ヶ月)中。
先月1ヶ月にかかった費用、約ろくまん、ろくせんえん。

(老健はリハビリをしてもらえるからちょっと高くなるのね。4ヶ月後の老人ホーム入所では、1ヶ月かかった費用はなんと4万円!!在宅でサービスを駆使してみるより、はるかに安いじゃん、、、2003年5月追記)

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熱っっっ。あつつつ・うい、思い
 

2002 08/02


「群青さんっ!見ましたよ!! 送ってくれたあのサイトっ!! 」

御存知、越後のPT 、Oさんから突然の電話が。

暑ーい、あっつーい、夕方。えねえっちけーいテキスト秋号用のイラスト原稿も一段落したし、電話がかかってくるようなことは思いつかんよなあと思いつつ、電話を取る。

「は???どないしました?」

「とうとう出ましたね〜♪待っていたんですよ、こんなのが出ないかと!!」興奮ぎみのOさん。

「高齢者の体重は?肩幅は?設計に使える基礎データ公表」

「日本人の65歳以上の人の体型のデータが今までなかったために、適切な、高齢者対応の器具の開発が遅れていたんですよ〜。言うなれば、私のホームページに載せている 車椅子の高さは?椅子の高さは?机の高さはどれぐらいがいいか?の詳細が載っているわけですこのサイトには。私のは、現場の実践を重ねて数字を出したものですが、これは体型の統計をとって、科学的に立証しているものですから、凄い事なんですよ!!とうとう出ましたか〜 !! これは知りあいにもすぐに教えないとっ!! 」

上記のはうちの旦那が建築関係のホームページから拾ってきたサイトアドレス。「こんなのあるよーん見てみてみ〜」と群青にいつものごとくメールで送ってくれた。それを、なんか役にたつんじゃないかと思ってOさんにも軽ーく転送したのでありました。

するとO氏は早速それを見て、電話をかけてきた、というわけで。

上記のサイトはテスト版のようではありますが。
Oさんがこんなに熱く語る、ということはよっぽど凄いことなんやろなあ〜と思いつつ、しかしながら群青はOさんほどの実感もなく。サウナ化している我が家で、汗をぽたぽた床にたらしながら、(いや、ほんまに落ちるねんてば)電話する群青は、あせもだらけで体がカイカイ。た〜すけてくり〜い、と叫ぶのでありました。

ちゃんちゃん。

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夜の読書。
 

2002 07/10


1週間ぶりに洗濯ものを取りに、ばあこがロングステイ中の老健へ行った、夜7時45分。カーテンで仕切られた中で、ベッドに横になったばあこは、手元の明かりを付けて、寝たままでうれしそうに読書していた。なんだか親に隠れて秘密に読書している風で、やけにかわいらしかった。表情はおだやかだっった。気持ち良く過ごせているのだね。よかった。

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ばあこ、無事退院す。老人保健施設へ、大移動。
 

2002 07/04


老健は、ゆ、床がキュキュッと鳴る〜う! めっちゃ、キレイ。ばあこはこれから半年、老健ですごすことになる。しかしながら、病院よりはるかに、、、安心です。

群青はすぐに前の遅起きにもどってしまった、、、。

 

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介護の情報交換で、気ぃつけないかん事はこんなことかなぁ。
 

2002 06/30


先日「高齢者介護者のつどい」に久しぶりに参加してきました(群青の住む地域の社会福祉協議会が主催しています)


でも、ほんとうに情報を欲している方は、参加されていないのだろうなあ。少し余裕が出来てはじめて参加出来るような(たとえば交代する人がいるから、つどいに出られる)、、かくいう私がそう。

こういった会は、介護者同士で情報交換が出来る事が強みです。本音が聞ける。けれど、介護保険のサービスなどに不満があるとついつい感情的になって誇張した表現をしやすい。そんなふうに感じています。これは自分自身注意したいところです。

以前にも書き込みましたが、施設や病院も、ある人には良くても、ある人にはあわない場合がある。だから、いっしょくたにして、あそこは×よ、ここは○、とは決して言えない。でもごっつい不満があると、「あんなとこはあかんでぇ〜」と大きな声で言ってしまいたくなるのですが、こちらも自分を律して、断定はいかん、いかん。

加えて介護のしんどさ比べは絶対したらいかんなあとも感じています。みんな介護に対して持っている基準や価値観、理想像は違うから、その基準が違う人に対して「貴方の介護はまだ楽なほうですよ」とは決して言ったらいかんなぁと、、、。

誰しも、許容量がちがう。例えば介護が外部から見たら楽そうに見えても、その人の背景は千差万別 。いろんな問題を抱えているから、絶対に一概に言えない。

そして経験していたら、ついついぺらぺらぺーラーと余計なこともアドバイスしたくなっちゃうものですが。おっと、あぶない、その慢心、と思って反省することがたびたびです。

けれど、こういったものに参加して、意見交換するのはものすごく大切なことだなと思います。介護はどうしても孤独になりがちですもん。他の方の取り組みや、利用された老健や病院での出来事、みなさん経験者だけに生々しいですが、ためになる意見を聞くことが出来ます。介護サービスを利用している側の人が集まって、団結するのはとても大事なことですもんね。そして投げ掛けていかないと、何も変わっていかないですから、、、。

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なーんや、へんな対応。
 

2002 06/26


ケアマネさんのいる施設へTEL。担当の人はいなかったので、違う方に祖母の近況をお話する。

電話を取って下さった方はいろいろ話をしてくださった。

ばあちゃんロングステイだと、老健に権限(?)がうつるから、ケアマネージャーはその間は、特に関係なくなる、といった内容だった。(多少意味あいはちがうかもしれないけど)

話はじめて群青はなんだかいやーな感じがした。

きっとこれはこの方の癖だと思うのだけれど、相手に理解させるために、ゆっくりはっきり、丁寧に、まるでお子様に話すように話しはるのだ。

自分の父親ぐらいの世代の人に、仕事上でこういう応対をされると「なめてんのかぃ、おい?」と思ってしまう。(サービスを受けるこっちは、お金を払う限りはなんぼなんでもお客さんやからねえ。顧客よ、顧客。)これは高齢者を相手にするお仕事やから仕方がないのか?職業病か?でも若い方でも出来てる人はちゃんといるし、、、。

心の狭い群青だ。

「お店でそんな応対されてみなよぉ、きっとあんた怒るよぉ。(いきなり江戸っ子だいっ)」と心の片隅で思うのだ。

おほほ、自分のことは棚に上げて (-。-;)わたしって、細かいかしらん? (細かっ! (-。-;))

(後日談)さて、このことを知人に相談すると、あっさり言われた。

「あんた、ただそのスタッフが嫌いなだけやろ。
気ぃあわんねんやろ、しゃーないわ。」

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ケアマネさん、3分間診察はイ・ヤ・ヨ。 ┐(´-`)┌
 

2002 06/25

ケアマネさんと、介護者って、お医者さんと患者さんみたいなものかなあ?ケアマネさんは介護者の相談を聞いて、色々ケアプランを練って下さる。

この春、ケアマネさん移動につき、ばあちゃんの担当の方が変わった。 比べちゃいかんと思いつつ、比べてしまう素直な私。

以前も何かあるごとにおかんは相談しに行っていた。サービス利用の事で、おかんは家で悩みはじめると悶々の期間が長いので、「悩むんやったら、ケアマネさんに相談して来イ」と群青がお尻をたたく。要所要所では群青もついていった。この方はじっくり話を聞いて下さるケアマネさんで、時々ポカはあったにせよ、信頼出来た。

さて。次なるケアマネさんは結論を出すのがはやい。要点をまとめるのもはやい。おかんの話をそないにうなずいて親身に聞いてくれはる風でもなさそう。先日、日々の病院の食事介助にくたびれはて、ロングステイをお願いしたいと相談しにいった時にそう感じた。群青は「早めに切り上げよう」とケアマネさんと話したそうなおかんのお尻をたたく。

とにもかくにも病院の現状を日々目のあたりにし、かなりトホホなおかんにすれば、ケアマネさんに話を聞いてほしかったりする訳だがどうも前の方とは勝手が違う。

「そんなにいっぱいしゃべってもケアマネさん困りはるでしょうが〜、どうもすみません。」という、漫才コンビのようないつものおかんとのやりとりも今回は通 じない。

以前にも増して、デイサービスの現場は戦場のようだ。延長の預かりもやり、痴呆の方のデイもなさり。ほんとうに忙しそうなので、そんなにじっくり話を聞くわけにもいかなくなっているのでしょうが、、、。身内に話すより、ケアマネさんというプロの方に、ちょっと話すと気が済むということもあるんですよなあ、、、。

ほんまにあわへんと思うんやったら、他のケアマネさんに替わってもらうことも出来るんやからねーと、おかんの気持ちを少しばかりなだめる群青でありましたが、さて、今後はどうなりますか。(しかし、ロングステイ中の半年はほとんどお世話にならへんから半年後、やね)

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老健のロングステイの許可がおりた。 半年。
 

2002 06/23


の老健は家からちょっと遠いから、今みたいに毎日行くのは無理。週に2回、洗濯物を取りに行くので精一杯かなあ。

この老健で過ごす時は昼はほとんど車椅子に座り、靴下と靴を履きっぱなし。 だから水虫がまた再発するんでないかと心配だ。(去年はズルズルになってしまった)

足の指の股までキレイにしてもらえる老健なんて、 そうそうないもんなあ。(病院もね)

というか、そこまでお願い出来ないよなあ。

取手つき靴下は、以前のように寝たままで履けるようにはなった。しかし、少し見守りは必要なのだ。

だから、入院中のばあちゃんには、もっと足の指先まで触れるぐらい体やらかくしなはれ、とリハビリに手厳しい群青でありましたが・・・。(ちょっと無理よね、さすがに... (^ ^;))

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発見。拘縮している手のひらをこそばす。
 

2002 06/21


ばあちゃんの拘縮していた手の握りがずいぶん柔らかくなってきた。が日によって変わる。 きつく握られてほどけない日もたまにある。 そんなときはやってみて下さい。 手のひらをこそばすんです。 ばあちゃんの手はすぐに緩まりました。 人によって違うでしょうが、一度、お試しください。

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ふむ、ちゃりんこ漕ぎの成果 か。
 

2002 06/20


脚がしまってきた。 心なしか今まで自然の法則には逆らえなかった我がお尻も、重力に反する元気を取り戻した様な気がする。(めっちゃ遠回しな表現っ)

やはり病院への 片道5分、往復10分のちゃりんこ漕ぎ×朝晩の2回 加えて行きも帰りも必ず1回は上り坂付き♪ の全力疾走の成果は出てきているようだ。

乗っているのはままちゃりやけど。うれしい。うれしい。

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チュイーン♪歯石とり。
 

2002 06/19

半年ぶりの歯石とり。 チュイーンチュイーン♪最近は歯科衛生士さんが、手でがりがりとるのではなく、レーザーかなにかではじき取るのだそうだ。その機械の音はやはり恐ろしいが、 あああ。うれし。

歯石だけは近所でとってもらって、 難波にあるいきつけの歯医者に久しぶりに行くぞー。

歯の噛み合わせが私は深いらしい。 もう少し浅い噛み合わせにするために、実は歯を盛っており、それがそろそろ変色してきて、 高さも減ってきた。噛み合わせ具合も変化している。加えて寝る時にはめているマウスピースのようなものも、そろそろ替えんといかん。

今は歯の治療といっても、いろいろあるのですなあ。

ばあこは未だに歯が10本残っていて、奥歯の上の1本は、したたかにばあこの歯茎にささっている。こいつはしっかりして丈夫そうで、なんだか愛らしい。これを磨くのがばあこを歯磨きする時の楽しみの一つでもあるのだ。

久しぶりに行くぞー。難波っ。

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「なんだかおばあちゃんとしゃべってるみたい。」 (*_*)
 

2002 06/18


久しぶりに札幌に住む知人から電話があった。名古屋に住んでいた 彼女は何年か前に突然北海道へ行ってしまった。この後の人生、せめて1回位 は会えるかなあ、と思う程遠くに行っちゃった感がある知り合いだ。

少し会話を交わすと彼女は言った。

「なんだかおばあちゃんとしゃべってるみたい。」

このサイトを見ている群青の知人、友人のあなたっ!頼むからこの言葉に頷かんとってね 苦苦苦、 図星じゃ、図星。当たってるよ、当たってるっ。 (*_*)

このごろ病室で、痴呆のおばあちゃんや、耳の遠いおばあちゃんなどとしゃべるばかり。ゆっくり、はっきり、句読点で区切って話す、語尾を伸ばす、うなずき加減は普段以上。病室で少し声を大きめに話すと、反響してしまうので、よけい区切って話す癖が。それが普段でも顕著に出てくるのだろう。 ばあちゃんと暮らすようになってからの年月も、確実に私に刻まれている。ばあこの入院によって、さらにそれが増幅された。いや、これは言いわけか〜っ。そうかもしれない〜っ。

(>_< )( >_<)ぶつぶつ、ぶつぶつ。

わかもんと接さねば。あああ。でも、ま、いっか。 これが今の群青やしね。(^^)

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エプロン新式。
 

2002 06/17


もう、めんどくさくってねー。
ここ最近、ばあちゃんの服の胸元にラップをいきなり布ガムテープで貼りつけてエプロンにしている。幅広のラップを使ってね。これで十分。すぐに食事のセッティング出来るし。便利便利。是非一度お試し下さい。

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病室を引っ越した。
 

2002 06/14


こんどは寝たきりの人ばかりの部屋。話しの出来る人はいない。でも、逆に、いろんな事を感じなくても済むようになったので、少し、ほっとしている。

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ほんまのほんまにしんどいときは、ボディコンやー。
 

2002 06/12


よっしゃー、やるでー!ほんまはめっちゃしんどくて、助けてくれーベソかくぞ、と言いたい日にこそ、きつめの服を着ると嫌でもしゃきっとなる。 倒れそうなふにゃふにゃの体を、コルセットばりの服を芯にして、保ってもらうのだ。

もう着ることないんで捨てようと思っていたストレッチ素材の厚手ぴったりカルソン。 ハイウエストなので、ま、ソフトガードルのような感じでしょっかね。 これを朝、寝ぼけた頭でエイヤッと履く。そして日よけのでっかい帽子をしっかりかぶり、ちゃりんこにまたがり、病院まで爆走するのである。夕暮れ時も、また、しかり。

ああ、もうほんま、へろへろやわ。(*_*)

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入院ネタね。
 

2002 06/10

あかん。食事介助だけならまだ楽だが、トイレ介助で体にガタツキが。

朝と夜の食事介助。食事は車椅子に座らせてする。食事を挟んで、前後にポータブルトイレ介助もする。くくく、このトイレ介助が結構きつい。

ばあこは足を杖のようにしてどうにか立てるが、立つと足は棒。コンパスのように腰からしか動かない。(右足は内転していて、外側には動かず。弧 を描いて左足の前には動くのだが。)これを立って移動介助しながら、足下を見ながら、ばあこの足をはらいながら、安定するところに導いて、おしめとズボンをおろし、便座へ座らせる。便座と膝の間にズボンが挟まるので、これも足をあげさせ、下に下ろす。 皆さんご存知だと思うが、この介助が結構つらいのだ。介助する側の手首と腰に痛みが走るようになってきた。

しかし、おしめにすると、足がどんどん弱るので、せっかく回復したこの足だもの。維持したいと思ってポータブルトイレへの介助をするのだ。

朝だけでもスタッフの方にまかせれば、、、?いやあ、その忙しさを目の当たりにしているので、とても言い出せないし、お任せ出来ない。

そんな具合にこのつぶやきを書き、腰痛のため、群青は横になっていた先程。母に電話をすると、今晩の食事介助はどちらも行ってなかったことが判明。あわてて病院に電話入れるも、既に夜の9時半。私は母上が行ってくれているものと思い、母上は、私が行ってくれてると思っていた。

以前も群青の当番日、夕方ちょっと横になっただけで群青は爆睡。目が醒めたのが、病院の夜の食事が終わった頃。あわてて電話を入れ、後片付けだけをしに行ったことがある。

老健から6月中にロングステイのベッドが空きそうとの連絡があった。ばあこも体の状態はよくなったので、今の病院は、もういつ退院してもいいそうだ。

退院後はいったん家に帰宅することを考えた。そしてしばらくしてから老健に、と、、、。

だが、あかんわ、限界。体を休ませたい。壊れる。 家に連れて帰ってくるとトイレ介助、食事介助がともなう。家庭内で介助する側がしんどすぎて、悲壮な在宅介護になるのが目に見える。

老健のロングステイ(3ヶ月〜6ヶ月)の入所を早急に進めてもらおう。そして介助者の体力が回復してからばあちゃんが家に帰ってくる事を考えることにしようか、、、。

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夜のスタッフは2人。こんな病院は多いのだろうなあ。
 

2002 06/09


ワンフロアに、入院患者は約25名。この人数に、夜には看護婦さん1人、スタッフさん1人。これだけになる。

壁には張り紙が。「入院患者5名に対して、最低一人の職員がついております。」

うそやろ〜、12名に対して1人ちゃうん?
昼はこれを満たしてるかもしれないけど、夜は、ぜんぜん人おりません。これっていったい誰に対しての張り紙?

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なんでこんなに気ぃ使うて掃除せんといかんねん。
 

2002 06/09


病院。部屋以外は全部外部の業者にたのんではるので、きれいに保たれる。が、肝心の病室は、はっきりいって、掃除されていない。ほこりだらけである。スタッフの方がいつか掃除してくれはるのかなあ、と思っていたが、どうも、そこまで気がまわらないみたいだ。

食事介助などに来る家族は、陰でその埃を嘆く。窓の汚さを嘆く。が、誰もな〜にも言わない。いつもお世話になっています、ありがとうございます、と気を使いながら。にこっ(^^)と言う。

とにもかくにも、人手が足りないのだ。

昨日、スタッフの人に、モップかしてもらえませんか?とお願いする。すると、「なんかこぼしたん?」いえ、こぼしたのではないのですが、、、、。そして最終的に箒をお借りして、部屋を掃除する。

「え?きたなかった?」スタッフさん。

うええん、きたないねんて〜。部屋。日に日に入院患者さんのフケが床にたまる。積もってる。

「ごめんなさいね手が回らなくて」スタッフさん。

「い、いえ、そういう訳じゃないんですよ、、、」群青

なんでこんなに気ぃ使って逆に疲れる。あああ〜

これが普通になってる感覚って、 めっちゃ、変。

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入院ネタね。
 

2002 06/08

入院は水虫を治すチャンス(とはいえ、家族のものが、まめに行ってはじめて出来ることやねんけど、、、、。)

ばあこの退院がだんだん近づきつつあり、あ、水虫なおしとこ、と思い立つ。看護婦さんに伝えて、塗り薬を処方してもらった。

ばあこが夜寝る前には水虫薬を足に塗る儀式をする。

リハビリじゃ、とばかりに、ベッドに横になった姿勢で足を組ませ、上になった足は動かさずにじっとしてもらう。その状態で、お御足のお手入れお手入れ(^^)

足の指の間をウエットティッシュで拭いて、薬を塗るのだ。きめは最後に足の指の間にからませるティッシュ。こうすると、指の股が乾いていいのだ。 昼、靴下をはかせ、靴をはかせる時もジグザグにティッシュをはさむ。

ばあこが現在使っている病院のベッドは高さが高い。ベッドサイドには足が中ぶらりんで座れないし、移動 介助がしにくいのは確か。けれどもベッドの上のお世話は楽ちんなんです。

だもんで、これを逆手にとるのであります。

これはいいぞ〜。お薦め。

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バッハ バッハで、バッハッは
 

2002 06/05


疲れる。在宅介護で七転八倒していた頃に比べると、格段に楽ちんなはずなんだがなあ。

マイナスの言葉は使いたくないと思っても、
あ〜えら〜。(関西弁であ〜しんど〜の意)
病院の玄関から出ると、つい口からこぼれる。
両手を広げて、のびをする。

朝食介助後帰宅。

家に帰ってきてもそんなに疲れは取れない。なんだか忙しい。ばあこの絵を描きたい、と思っても、意識が散漫進まない。夜まで持たない、昼寝したいと思っても、休むタイミングを逃すともう夕方で、ダッシュで食事介助に出かける。雑念雑念で、意識はバラバラ。くるくるとあせって、クタクタに。

で、思い切って、いつもつけっぱなしにしていたAM ラジオを切った。○沼恵美子よ、さようなら。さようなら〜♪時々登場するキ○タローよ、さようなら〜あ♪

そしてクラッシック音楽を聴きはじめたちゃりらりら〜♪

朝は、バッハのイタリア協奏曲。軽快に家事を進め、昼間常にエンドレスでかけているのはゴールドベルグ変奏曲BWV988。心が洗われ崇高になっていくような気分である。 単純な私の気分はさしずめ中世の教会の神父さんである。

なぜにばっは?

いやー実は私はグレン・グールドという82年に50歳でこの世を去ったピアニストのファンでありまして。一時はグールドのように孤高に生きたいと思ったものですが、まあ、邪念多き私には無理無理無理。

邪念を払いたいと切に願い、先日思い切ってグールドのCDを5枚購入。生活を変えるチャーンス、とばかり、今聴きたおしているのであります。

頭の中は、ピアノの音が飛び交い、常にグールドの演奏を身にまとっている感覚。 シャネルの5番のまりりんもんろーならぬ、ごーるどべるぐ変奏曲をまとった、スナフキンである。

たまに電車での外出時、駅の階段を下りる時はすばらしい。気分は司祭である。なんせ、いきなり周りは教会に変身で、グールドのピアノが天上に響き渡っているのだもの。 ああ、すばらし、この思い込みと、イメージ力。ここちよし。 (^^)

ちょいとクラッシック、いかがですか?

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すごい、ばあちゃん。
 

2002 06/04


夕食の食事介助を終え、帰り際に、拘縮しかけの右手でばあちゃんと握手をした。

え?

ばあちゃんの右手が、しっくりこちらの手となじんで、握手の手の形になっている。そして、しっかりと握り返してきた。筋肉はほとんどないホネホネの手なのに、普通 の握手の力加減だ。すごい。

しばし、唖然。ぼう然。

握手をする手、っていうのは、拘縮して固まっていたらうまく相手の手が掴めないのだ。ある程度、手のひらがやわらかく開かないと、なじむ握手にはならない。 親指と、人さし指の開き具合も微妙。

それが、私の手としっくりなじんだのだ。

拘縮しかけの手が、ほんまにだんだん機能回復してきたん?動かなくなって、約10年経つんやよ?

家にいるときはどんどんきつく握られる一方だった右手が、今、どんどん開かれようとしてる。 驚きだ。なんだろう、ばあちゃんの気持ちの余裕から来るのか?うーむ、91歳でも、機能は回復していくのだ、、、。

あまりにうれしくて、「ばあちゃん、お箸、また持てるようになろうや、」と、新たに目標を作ってしまった、、、、。ありゃりゃ、日々、あれせい、これせい言うてるから、プレッシャーになるかも、、、、(とほほ)

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入院ネタね。
 

2002 06/01

若いときからバリアフリー住宅にせんでも、、、ええんちゃうやろか。

バリアフリー、バリアフリーの住宅、、、とちまたで言われてかなりになる。家を新築したり、マンションを購入したり、リフォームしたりするときに気になることは、体が不自由さを感じ始めても、暮らしやすのがいい、、、というところではないだろうか。

けれど、 群青はバリアフリーにするのは、体が不自由になってからでいいんではないか、と最近は思っている。

ばあこの家はバリアフリーで、車椅子でお世話をするには大変使いやすい。だが、群青は実家に帰ってみて、驚いた。実家の敷居に、つまずいて困るのだ。約18年慣れ親しんで過ごした実家。家はバリアフリーなぞではなく、部屋と部屋の間の敷居は何センチか上がっている。

ばあこの家に慣れ親しんだ私はいつの間にかすり足で毎日過ごしていたようなのだ。どうも、足が弱っているように思える。とほほ、、、。

あせらなくっても、いろいろ不自由が出てきてからリフォームを考えても、遅くないんとちゃう?

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拘縮していた右手が柔らかくなってきた。
 

2002 06/01

毎日、手をお湯で洗っていると、ばあこの手がやわらかくなってきた。縮こまっていたのがゆるむようになってきた。 家ではいちいち毎日お湯で手なんて洗ってられなかったのだが、(カーぺっトがぬ れるとか、他の家事にすぐ目移りしてしまったりで)病院にいたら、合間合間に手があくので、なんなく出来てしまう。

拘縮している手は、どうしても臭くなるし、ほっておくとすぐ垢がたまるから、なんだかイヤで家に居るときは結局あまりさわらなかった。が毎日キレイにしていると、なんでもなく触れることが出来る。そして触れると、またばあこの手が元気を取り戻したように思える。

そして毎日トイレ介助で立たせていると、手も動くようになってきた。

ふうん、不思議なもんだなあ。手当てみたいなものかな?

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とうとうお迎えが来た?
 

2002 05/27


久しぶりにばあこのお母ちゃんが夢枕に立ったらしい。私のひいばあちゃんである。現れたその顔はまだ若く、白いアッパッパを着ていたそうだ。そして、ばあこに向かっておいでおいでをしたらしい。

「う、ばあこが連れていかれる、やばい。まだまだ(群)の絵のモデルになってもらわにゃー。あかんで、あかんで、あかんでぇぇ〜(笑)」慌てふためく群青の胸の内。

 

朝。群青はいつものごとく食事介助のため病室へはいると、ばあこはなぜかあうあうとワメイテイル。周りの人がもう食べ終えているのに私はまだだ、群青は来るのが遅い、と怒った口調だ。

とはいっても、病院の表玄関が開くのは朝食が配膳されてからだいたい20分後。開くちょうどに私がダッシュで駆け込んだとしても、自分で食べられる患者さんは大概食事が終わっているのだ。そりゃ、しょうがないわ、間に合いっこないもん、とばあこに言い聞かせるが、ばあこは納得しない。ばあこの様子は普通 じゃない。

しばらくして看護婦さん到来。ばあこの昨夜の様子を聞かせて下さった。ベッド柵をガタガタいわせたり、柵を床に落としたり、ベッドで反転したりして、興奮していたそうな。おしっこか、と聞いても、ちがう。窓の方を指さし、家のものが、家のものが、、、、とずっと言っていたという。その他の言葉は聞き取れなかったそうだ。明け方5時には眠ったそうだが。

何かあったら、夜中でも結構ですので、携帯に電話ください、どうもすみませんでした、、、と看護婦さんに伝える。


ふうむ、 群青はピンときた

「おかあちゃん、出てきたんやろ?」

図星やった。ばあこはうなずく。

以前、このつぶやきにもアップしたが、自宅でこれと同じような事があったのだ。さすがに2度目ともなると、群青も多少のことでは動じない。

「まだ行かへん」

おいでおいでをするおかあちゃん(ひいばあちゃん)に、ばあこは答えたらしい。

最初は着いていきたかったそうだ。で、柵をガタガタ言わせて、叫んで、柵落として。体反転して。

そやけどベッドから落ちたら痛いねんで怪我するねんでそんな早よ死んでもうたら10年介護してきた甲斐がないやろあかんでなんぼおかあちゃんが手招きした言うてもばあこにはまだまだ生きてもらわにゃ反転する体力あるんやったらまだまだ死なんわなあふだんでもそれぐらい動いてくれるかぷりぷりぷりぷり笑い飛ばさんとしゃーない。

行ったら行ったで楽になるだろうに。不自由な体で、努力しなくても済む。しかめっつらで、しんどそうに、トイレ介助のときに立たなくても済む。体の不自由さにイライラすることもなくなるだろう。ばあこはなぜにまだ行かないことを選んだんだろうか。まだまだやり残した仕事があるってことか?

返事が反対やったら、ばあこはどないなっとったんやろか。


そんなことを思いながら、ばあちゃんがここにいることにほっとしている群青は、今日もばあこをネタに、ホームページの更新をするのでありました。

ちゃん、っちゃん。

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グリコのおまけ
 

 

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制作:(C)群青亜鉛
2002(改訂)