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2002年 春のばあこ
 


2002 03〜
05

入院ネタです。

(C)群青亜鉛
病院での楽しみ。待合室の水槽にいるセルフィン・プレコ

だんだん無口になっていくだんだん見ないふり
 

2002 05/27


群青、だんだん病室で無口になっていく。せめて明るくしようと思い同室の患者さんに声をかけていたが、結局は何も手助け出来ないんだということが、明確になっていく

せっかく動けるのになあ、歩けるのになあ、リハビリしたらいいのになあ、もったいないなあ、とその方にたいしてあれこれ思い、励まし、対策を提案したりしても、私はいつもいるわけではなく。今後のその人をまるまま面 倒を見れるわけではもちろんなく。

ああ、こうしたらいいのになあ、と思っても、それにはものすごい人の手助けが必要なことで、本人の気力も必要で、その協力があってはじめて出来ることなので、プライベートな生活をまったく知らない私が気安く口出しすることではないのだ、と思うようになった。いらんおせっかいなのだ。結局は押し付けになってしまう。

結局私が出来るのはばあこのお世話だけなのだ。

だから、群青はどんどん無口になっていく。

リハビリは年齢を重ねると、一人では無理なのだなと感じる。家族やまわりの人の声かけや、一緒にやろうとしてはじめてやる気が出てくる。でも自分一人ではよっぽどの精神力が無いかぎり、無理に思う。傍から声だけでやいやい言っても、あかんね。一緒にやらんと無理、、、。

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90過ぎてのリハビリ(日常生活の動作すべて)って、何のため?
 

2002 05/27


どんどん老衰していくのに、なんのためにリハビリ(日常生活のあれこれ)をするのだろう?よくなることは決してないのに。現状維持するだけでも大変だ。良いじゃないの、自然にほっておいても、、、

ふむ。

自分のためにリハビリをやってもらうのはもちろんなのだが、この頃はそればっかりじゃないよね、、、と思うようになった。「ばあちゃんのためだからやんなさい。やいのやいの。」だけではどうも真実ではないような気がする。

はっきり言ってしまおう。

周りの人の為にやってもらうのだ。
介護する周りの人が困らないように、
負担が大きくならないように、
気持ち良くお世話出来るように、
ちょこっとでもリハビリしてもらうのだ。

「リハビリしたくない」では周りが困るのだ。

リハビリしなくなると。(日常の動作をしなくなると)

体の機能が衰えてくるから介助するのはもちろん大変になる。

そして介助する人が体がしんどくなる。

介助する人の体に不調がでる。

イライラする。

介助がずさんになる。この悪循環になるのだ。

一方本人は、

動かなくなる 機能が衰える

お腹が減らなくなり食欲がなくなる

運動しないし、食べないから大便がでない

便が出ず、不快。お腹が減らない

楽しみがなく気分が滅入る

 

リハビリをあきらめてしまった時に、介護する側には、ばあちゃんのその先が見えるのだ。リハビリしなくなって、足が悪くなって、体がどんどん固くなっていって、寝たきりになって、おむつになって。寝かせきりになると足が動かなくなるのは本当にはやい。そしてあとはお迎えが来るのを待つだけ、というあっちゅう間の期間を、虚しくあきらめながら過ごしたくないのだ。

少しでも先はもう見えてるのだが、明るいものを感じながら居たいのだ。出来れば元気に居て欲しいのだ。いくら手を貸しても、どうにもならない状態は、介助する側は本当につらいのだ。

リハビリはばあちゃんの為だ、と最初は言っていたが、このごろは、「私らのためにやって、」とはっきり言うようになってきた。ただでさえ、落ち込む。介護は。腰痛にはなるし、時間は取られるし、、、。本人が暗くなられると、さらに介護するほうも落ち込む。だから、せめて、本人には明るくちょっとでもリハビリしてほしいのだ。前向きでいて欲しいのだ。

そして・・・ぶっちゃけてしまおう。

その明るさに介護者は救われたいのだ。いや、私は、そう。

自分勝手なことばかり書いているが、そんなことを思う今日この頃。

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隣のばあちゃんのことばかりやけど
 

2002 05/24

地の言葉

さて、隣のおばあちゃん。このまちで生まれ、このまちで育ったそうな。明治生まれのおばあちゃん。

生粋の、土地の言葉だ。これが聞けるなんて、なんてラッキーなのだろうか。 昔からの生活ぶりも聞ける。やはり、興味深い。 うちのばあこはどうしてもしゃべりにくそうにしているので、話す内容が限られる。ばあこの食事介助をしながら、隣のおばあちゃんのお話を色々聞く群青であった。

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隣のばあちゃんのことばかりやけど
 

2002 05/24

ナニゲナク、ノリノツクダニ

さて、ばあこと同室の隣のベッドのおばあちゃん。晩ご飯の時、海苔の佃煮取って、というので瓶ごと取ってあげた。それをおかゆにいれて食べるのだそうだ。

しばらくして、廊下を通りかかった看護婦さん。そのおばあちゃんを見るなり、叫んだ。

「きやーっ!!○○さん、なにしてんのーっ!!そのまま食べたらあかんやんかーっ!!また血圧上がるでーっ!!そやから足むくむねんーっ!!」

飛んできはった。

そのおばあちゃんは、海苔の佃煮をまるままさじですくってそのまま食べようとしていたのだ。

だが、しかし。
それを見てもなんとも思わなかった群青。いや、減塩減塩とは世間でいうものの、 日常血圧のことを考えたことがなく、家でも同じくぺろっと食べる時もあり、その行為がそんなに危ないと思ったことはなかったのだ。 うちのばあこはわりと薄味。ほんとうはからいのが大好きなんやけど、9年かけて薄味に慣らせたというべきか。

そういえば、隣のばあちゃん、靴下脱がしてあげたとき、ゴムのあとが異常にしっかりついて、足がむくんでいたことを思い出した。

あああ、いかん、いかん。
そのおばあちゃんは、

「わたし、わりと辛いのが好きなン」とおっしゃる。
そういやあ、昨日は白菜のお漬けもんと白ご飯が食べたいと言っていた。ぬか漬けの話もうれしそうに話してはった。

いかん、いかん。身体介助の件と同様、体の具合を知らないのに軽はずみに手助けをしてはいかんなあ。とはいえ、そのまま食べるとは思いもつかんかったからなあ、、、。群青、反省。

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隣のばあちゃんのことばかりやけど
 

2002 05/21

なんや、歩けるん?

ばあこの隣のベッドのおばあちゃん。どうも歩けるそうな。

えー、もったいない、昼横になってばかりだと、すぐ歩けなくなるよーと笑いをまじえて声をかける。群青はどんどん歩けなくなる図をシュミレーションしてしまうので、そして病院ではそれが日常茶番ジなので、おせっかいながらも孫のようにいちいち声をかけてしまう。でも「やりとうても、どうにもならんこともあるんや」とぽつりと返事をされ、うーむ、言い過ぎたと反省する群青であった、、、。

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介護認定空白状態
 

2002 05/21


入院中、認定書の期限が切れていた。が、特に必要がなかったのでほっておいたままだった。が、退院してからまたサービスが必要になる。また認定してもらわねばいかんので役所に連絡をとった。(母上がね。群青は指示しただけなのよん、、、。とほほ)

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入院ネタね。
 

2002 05/21

うちのばあこのみならず、案外多いのが白癬菌にやられてしまっているお年寄り。 ほんでもって、爪水虫がとても多い。

入院してまめに病院に行って、ばあこがいちばん良くなったのは水虫かなあ。でも薬は塗ってないから、良くはなってないのだけど。指の間にティッシュを挟むので、指の股はいつも乾いているん。

逆に、ロングステイ(3ヶ月〜6ヶ月の老健への入所)になると、そこまで気をまわしてもらえず、靴は履きっぱなしなんで、指の股はズクズクになってしまうのよねん。それと比べれば、今はキレイキレイよ。(^^)

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退院後の為の食事指導を受けた。
 

2002 05/19


最初は退院後のミキサー食を考え、おののいていたが、母上も私も腹を決めたように落ち着いている。色々考え、バーミックスという機具を購入することに決めた。ちょいと値ははるが、ミキサーをわざわざ出して洗うことを考えると断然よいよい。

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発想の転換
 

2002 05/20


あれもしてもらえない、これもしてもらえないと思っていたら、マイナスエネルギーにやられてしまうだけなので、意識を変えた。変えると楽になった。(が、朝はやはりしんどいけど。)

今、群青は病院に朝と夜の食事介助に日参。ポータブルトイレ介助をついでにやって家に帰るという風です。だいたいなんやかんやで1回一時間半〜2時間は病院にいますねえ。

ばあちゃんの為というのも、もちろんあるんやけど、群青は、自分の夜型の生活リズムを改善したいがために、絶好のチャンスであるこの機会を利用させてもらってるという感じです、、、。要するに、好きでやってるのですわ。

はい、では。病院でお願いする場合の利点を上げてみた。

●病院での介護は冷静になれる。(家でやると、自分の都合だけでわがままにやってしまいがち(私だけ?)。

●病院だと、滅茶苦茶なことは出来ない。いくらしんどくっても、感情的にばあちゃんにあたる事はまずない。悲しくて泣きべそをかくこともない。冷静平静を保っていられる。

●時間が決まっているので、食事時間は決してずれない。規則正しい生活になれる。 (自分中心でばあこの食事タイムをずらすことが多い群青にはぴったりである。)

●チョットハ自分が身ぎれいになる。(毎日人に会うので、嫌でも自分の姿をキレイにたもつようになる。絵を描きだすと、家にこもりっきりになる群青は特にこの刺激がありがたい。)

●年配の方とお話が出来る。(同室のおばあさまと、お話出来る。介護でしんどい思いをしている方とまたお話が出来る。)

●食事を作ってもらえる。(これが一番ありがたい。台所も汚れない。後片づけも、ちょっとだけですむ。献立に苦しまなくても済む。栄養バランスがとれている。皿数も多い。)

●病院での、高齢者介護の現実を体験出来る。(いや、これは、ブラックジョークだと思ってね。ここで感じる色々なことが、社会をもっと良くしていくのにきっと役立つのでは?)

●往復の運動で、体力がつく(^^)(群青はちゃりんここぎで、足がしまってきました。)

●いざ、ばあちゃんの体調が悪くなっても安心(だって、病院なんだもん)

このさいだから、明るくやってしまおう。介護の掛け声は元気にやると病室内も明るくなるのでよいよい。(家でやってるのとほとんで同じやね) ζ^)))彡

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ばあちゃんに野球の話を振る
 

2002 05/19


そうそう、ばあこも阪神ファンだったのよ。忘れてた。ノモサンが監督をやめたのも、今は星野監督だってことも、今、一位 だってことも、ばあちゃんは知らなかった。(あたりまえか)11月から世間のながれとは隔絶した世界で生きてるもんだからねー.テレビ全然見なかったから、これからまた、楽しみが増えるよ、きっと。

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出来る、と思っちゃいけない。
 

2002 05/18


ばあちゃんと同室のおばあさまに、「車椅子からベッドに横にならせて、」と頼まれ、介助してしまった。

これはやはりよくない。もしもの事故になると、誰が責任を取るのか。ということはもちろんだが、スタッフの方の仕事の二度手間になることがあるので、逆に嫌がられる行為、よけいなおせっかいだと思う。

スタッフの人が来るまで待ってねと声をかけていたのだが、そのおばあさまは我慢しきれない様子。で結局出来そうかな、と思いべっどに横になる介助をしてしまった。が、やはり。良くなかった。私が帰る時には、おばあさまが、車椅子に乗り、スタッフの方にリハビリに連れていってもらう姿を見た。

最初はリハビリ行かないと頑固におっしゃっていたのだが、結局は行きはったんやね。

介助したとき、おばあさまは足の力がなかった。体のちいさい方だ。まだ入院してから1ヶ月とおっしゃっていたのに。家に早く帰られることを心待ちにしてはる。でも、今の毎日の暮らしぶりでは、帰れるようになるかなあ、と感じてしまっている群青、昼食と昼のリハビリだけ車椅子に座って。朝と晩ご飯はギャッジベッドでの食事。その他はべっどに横になったまま。これでは難しそうだなあ、と感じている。

トイレ介助してもらえる位の足の踏ん張りはあるが、結局寝かせきりのおむつ。1週間に一度のおふろ。人出がたりないので、細かいところまでは出来きれない。いつも言うことだが、ベッドが高すぎることも一因だと思う。これが低くなるだけで、介助は楽になるのに。

元気な人は入院しても大丈夫だけど、年齢を重ねた方が、入院するのは、よほど家族が自覚していないと、大変やなあ。やってもらえると思っていた、、、で済まされないもんなあ、、、。すぐにジブンデハナニモデキなくなり、結局寝カセキリになってしまう。あれ、と気付いた時にはもう遅い、、、ということもありえます、、、。

入院させたから、安心、では決してないところが、、、やはり、やはり、、、。気が抜けない、、、

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ヤキュウ
 

2002 05/12

私は関西人である。
関西、といえば、阪神タイガース。

阪神・巨人戦で、阪神が勝つと思わず「よっしゃ。」とテレビの前で小躍りしたりする。なんでかよくわからんのだけれど,
ちょびっとだけ阪神ファンなのである。

別に野球が特に好きな訳でも、詳しい訳でもない。が、幼い頃からの擦り込みで、いつのまにかなんとなく阪神を応援してしまっているのである。

私の年齢は三十路半ば。AMラジオファンである。もしや、、、と感づいてしまうあなたはもしかして・・・。

そう。私は幼い頃から朝○放送で育った。(^^)母上の家事の友だったのだ。

野球シーズン到来するや、日々ラジオから流れてくるのは「六甲おろし」。阪神が勝った日はもちろん、朝おなじみのパーソナリティ氏はこの曲を ガンガン流し、絶叫(?)しながら愛情満タンで歌う、吠える、うなる。が、それだけぢゃぁない。負けてもお歌いになる(これは私の記憶ちがいだろうか)。

たまにじぇんじぇんかからない日が続く。が、リスナーは知っている。それは阪○のあまりのどんくささに、パーソナリティ氏があきれ果 て、物も言えん状態であることを、、、。

うちの母上は阪神ふぁんであるが、人に押し付けもせず、話もしない、一人でかくしゃくとした自立ファン。であるからして群青への影響は皆無に等しい。(^^)と思ってはいたのだがこんな方法があったとは。

日々の擦り込み学習で、いやでも楽曲を覚えてしまうという悲しい性(サガ)。きっとたくさんいるであろう擦り込まれファンは、いまだに増殖を続けている。(だって、今も放送中だもん。)

時は流れ、1985年。阪神優勝するかいなかの、歴史的瞬間。私は大阪で知人の劇団公演を観ていた。客席はガラガラ。
そしてついに阪神優勝〜っ。
ヘ(^^ヘ)(ノ^^)ノヘ(^^ヘ)(ノ^^)ノ

公演後、会場から出ると、そこかしこで「六甲おろし」の大合唱。歩道橋や目立つ場所の階段は、すでにファンで埋め尽くされ球場のアルプス席と化す。難波では、目前で道頓堀川に飛び込む人、人、人。車道では、旗をかかげる人がハコ乗り状態の車が続出。「落ちたら死ぬ でぇ〜」と心配しながらも、異常なる熱気、優勝気分に酔いしれる、そんな夜。

出来ればもういちど、その熱狂酔狂を体験したいと思う。

マッコトなる、正統派ファンではないのだが、、、がんばれ、阪神タイガースっ!!

(で、「選手はだれが好きなの?」の質問には、「キャッチャーの古○っっ!(ヤ○ルト)しぶっ!」と答えてしまう群青であった (-。-;) 。)

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ギャッジアップしてベッドに座ったままの食事はよくない
 

2002 05/15


ということを、「手作り改造レシピ集」、や、「介護器具カタログ」のイラストを描かせて頂く時に、越後のPT、大渕さんからいろいろ伺って学ばせていただいた。 が、世間一般に流れている意識では、病人になったらそれが普通、というイメージがある。「寝たきり」というと、ギャッジアップで食事をとるばあちゃんの図がだれの脳裏にも浮かぶのではないだろうか・

いつのまにかの擦り込みなのだが、この簡単にわかる図、というのがくせ者だ。

逆にわかればわかるほど、病院にいると患者の置かれている状況が見えすぎて、つらい。

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入院ネタね。
 

2002 05/15

入院の現実は、知れば知るほどとほほな気分になる。 歩けてた人が、入院するとともに、歩けなくなる現実。そんなのばかり見聞きするので、なんとも、、、。

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入院ネタね。
 

2002 05/12

きっと他の病院も似たりよったり
患者サイドからは、こんなふうに感じるんですなあ。

朝、夜の食事介助、4日連ちゃん。さすがにへたる。なんだか体もだるく、ぼーっとする。母上には昼食介助のみお願いしている。ぎゃっじべっどに座らせての食事介助だと、まだ介助の手間がすくないかららくちんやけど、ポータブルといれ行かせて、車椅子で食事となると、やはり時間がかかる。(とにかく、朝がつらいぜーっ)

どんどんへたってくると、気持ちもマイナス思考になる。

で、家族が朝昼夜とトイレと食事介助に行っていると、ヘルプしなくても大丈夫だと思うのか、スタッフの人がしてくれるトイレ介助の回数が減った。その労力は他の患者さんに回しているようだ。しかしこちらとしては、以前と同じだけトイレ介助してもらえたほうが、うれしいのである。まったく同じは無理としても、もうちょっと、、、。

よくはないのだが、なんとなーく損をしたような気分がするのである。支払う料金は同じであるのに、こちらがばあちゃんの回復を願って、熱心に介助すればするほど、スタッフからは手を放される(ようにどうしても思える)。普段でさえ人手は足りないからこちらが家でするような介護は無理。でも身内が手伝っても、毎日の介護の密度は濃くはならない。むしろ薄まるような。そしてその身内の労働力は、病院側からは、なんとなーくあてにされているのである(嫌な言い方するようだけどごめんしてね)。「しんどいときは、休んで下さいね、」とは言われても、休むに休めないような、、、。そして、家族は知らず知らずのうちに体の疲れがたまる。(もちろん、介助スタッフさんもしんどいのだけど、介助スタッフさんはお仕事だから、一緒くたには出来ないと思うのよね。)

なんだか、おかしい。変だと感じる。

偏屈になり、「スタッフの人はお給料が出るのだけど、家族の労働力っていくら熱心にやっても無償なんだよなあ。ボランティアの家族の力を借りて、やっとこさまわっていく今の病院の体制って、おかしくないかい?」などとも思ったりするのである。

看護婦さんは医療行為のみ。
介護に関する肉体労働的なことは、介助スタッフが全部をになう。

料金体系はどうなっているのだろう?医療行為に関することは、医療保険制度で点数制だから、料金はとれるだろうけど、食事を介助して食べさせたりとかは、お金にはならないでしょ?その介助スタッフに支払うお金、というのは、じゃあ、どこから、出ているん?

なんだか、疑問はどんどん湧き出るものだわ。
そして、どうすれば、根本的な現状を変えていけるのだろう?
もっと、もっと、勉強しなくちゃねえ。

あああ、へんくつよ、へんくつ。 ヘ(x_x;)ヘ

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入院ネタね。
 

2002 05/10

入院中のばあちゃんですが、どんどん元気になり、3食とも口から食べられるようになりました。大変うれしくはありますが、現在、老人保健施設のロングステイ(3ヶ月〜6ヶ月)希望申し出中。その理由。家族の介護疲れ、、、、。

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入院ネタです
 

2002 05/01

家族が手伝いに行けない場合は。結局寝かせきりになっちゃうのね。

○ 介助が必要な人が入院したばあい。病院にもよるけれど。

病院で介助をお願いしても、人出は足りないのが普通だから、 最低限のことしかしていただけない。スタッフさんがいるとはいえ、人出は足りない足りない。家族が行って、どうにか普通 に生活出来るように思う。 家族がヘルプ行けない人はどうなるか。 どうしても寝かせっきりになる。体力の現状維持も難しい。だんだん衰えていくのは目に見えている。

「寝たきり」という言葉は微妙である。寝たきりになる、というのは、介助の手が足りないと起こってしまうことでもあるから、本人の努力だけで防げるものでもないと感じる。(体の衰えを運動することによって、遅くするのはいいことなんですが)テレビやラジオで、寝たきり防止の健康法、とよく言うが、なんだか言葉の使い方間違ってるんじゃないのかなあ、とこの頃思う。

来週からばあちゃん3食口から食べられるようになる。うれしい。元気になっている。 が、3食も介助、行けないよお。と母上と私で考える。 どうしてもだめな時はスタッフさんがやって下さるそうだけれど、 見ている限り、ちょっと不安。

以前ばあがよく利用していた福祉施設は、病院に比べると天国だ。 >゜)))彡

 

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海草大好き。
 

2002 04/27

あさからずっと、洗濯している。

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いや、そんなん、こぼすって、、、。
 

2002 04/27


「きゃー、○○さん、またこぼして〜え」
隣の看護婦室からまた声が響く。

食事に見守りが必要なおばあ様は、いつもナースステーションで食事をなさる。が、しかったって、なぁ・・・。このおばあ様が悪いんではないもの。いや、もうどだい、無理。体が不自由な高齢の人が、背中が曲がった小柄な高齢の人が、事務用の高いテーブルに向かって、車椅子で、食事しても、段差がありすぎてこぼす。ポケットつきエプロンでも、無理。距離ありすぎるし。

これまたきっと、全国の病院で多い風景ではないだろうか。

自宅でも、器具や備品はうまく選ばないと、結局手間が増えてしまう。確かに介護って大変なんやけど、その機具を選びそこねて、使い勝手の不便さに、「大変、大変」と言っているだけなのかもしれん。ちぇっくよ、ちぇっく(^^)

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骨盤ところに介助ベルト。 介助がらくちん。
 

2002 04/27


現在ばあこはパンツタイプのおしめに、尿取りパッドを敷いて使っている。だが、このパッドを敷いていると、パンツの上げ下げが、こりゃまっったしんどい。パッドが動くから、定位 置にもどすのに苦戦。立って、相手をささえながらするから、また介助者のからだがへんになる。で、昨日は、食事してるときだけ、ガムテープでちょこっと止めた。いいよ、これ。

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あら、昨日やったわ。
 

2002 04/27


ばあこの食事介助を終え、いざ、在宅介護者のつどいへとちゃりんこを走らせる。が、施設の掲示板には、それらしき会の名はのっていない。手元の案内をみると、「あれま、昨日やったわ。」あほやなあ、と思うのだが、昨日はイラストの〆切で、四苦八苦していたのでどう考えても無理。で、フロアの中にある、介護器具のコーナーを覗く。また新しい製品が色々出ていて興味津々。パンフレットもごっそり持ち帰る。

中でも、ステッキが美しかった。折り畳み式やら色々でてるのだけれど、一つだけ木製のシンプルな形の製品があり、それがまたデザインに無駄 がなくきれい。握り具合もほどよく、ほれぼれしてしまった。買いたいぐらいだった。

集いには参加出来なかったが、収穫多し。(^^)

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さて、流動食どうするん?
 

2002 04/27


日々、元気になっていくばあこは、元気である。が、今後を考える。帰宅後の食事をどうするか、である。病院の食事ではいわゆるミキサー食が、だいたいお粥をあわせると、5品ぐらい出てくる。が、これを家で作るとなると、大変だよん。在宅介護は食事と排泄と衛生を保つ、のが大変。気分が落ち込みそうになるんでネットの検索をかけて、介護食、ミキサー食などの宅配がないかどうか調べるが、そんなんはなかなかない。どうにかみつかったのはタイヘイ食品さんの宅配。ミキサー食ではなく、スプーンでつぶせるぐらい、柔らかくした食事だそうだ。一見ちゃんと食材の形をとどめている。便利そう。しかしセットメニュー一色890円。です。高いっちゃあ、高い。

ちょっと使ってみる?と母上と話をしてみる。ずっと使うとかは別 として、帰宅後慣れるまでの円滑剤として使ってみるのはいいんでないかい、という話になる。

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大きな変化
 

2002 04/20


今朝自宅のポータブルトイレを病院へ持っていった。昨日看護婦さんに申し出てみると、予想外に、「どうぞ、」とのことだった。早よ、聞いてみるべきやったわ。介助スタッフのおばさまにもちゃんと報告。べつのおばさまに「何持ってくるって?」とにじり?寄られ、「あ、自宅で使っているポータブルを持ってこさせてもらいますので、、、」とこれまた遠慮しいしい伝える。

介護スタッフ(正式な名前はまた調べてきます、、)のおばさまたちは、介助に関することをすべて仕切っている。いつも人手が足りない風なので、最低限のことしかしてもらえない・・・のだと割り切るのにおかんも私もしばらく時間がかかった。しかし、これはきっとどの病院にでも言えるのではないか。最初は福祉施設のスタッフとのちがいに、いちいちむっとしていたが、もうそんなもんだと割り切って、前向きに考えるようになった。

さて、話をもどそう。やはり使い慣れたトイレが一番だ。しっかりしているから、介助がらくちん。おしめもパンツタイプを使うようになった。

口からの食事は昼夜2回に。晩ご飯は椅子式ポータブルトイレの蓋を閉めた椅子に座って食べた。読書も約一時間。

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本読みたい
 

2002 04/09


素晴らしいっ。半年ぶりだ。ばあこが本読みたいって。子供向けの文字が大きい本を図書館から借りてきて、昼間のちょっとした時に読むようになった。

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入院ネタね、今日も。
 

2002 03/22

病院に行くと以上に疲れるのは皆さんご存知の通 り。それを少しでも減らすためにこのごろこんなことをしている。


ばあちゃんの昼食介助に行くときは、自分の食べるお弁当を持参するようになった。ばあちゃんの食事してる横で、私も食べながら見守りするのである。病院によってちがうと思うが、これはお薦め。

今まではばあこの食事のあとかたずけをいろいろしていると、帰宅は2時ぐらいになっていた。それから家で昼食となるとくたくたで、中途半端な時間の食事と眠気がやってくる。ほんでついつい、テレビの前でぼーっとするなど、時間がもったいない過ごし方をしていた。

が、が、が。一緒に食事するようになったら、家に帰ってからすぐにやりたいことに行動を移せる。これはいい。(^^)

さてあの不安定なポータブルトイレは相変わらずだが、今日も座ってもらった。座ってもらうと、ものすごい量 のおしっこが出るんである。やはりおしめではしにくいのか。うしろにそっくりかえるとひっっくりかえるんで、お辞儀した背中を押さえつけながら、用をたしてもらった。どんな位 置に置いても安定しない。とほほである。

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入院ネタね、今日も。
 

2002 03/12

食事の時にはラップをエプロンの胸元の上から付ける。終わったらラップの部分だけを捨てるだけ。これ便利。エコろじーには反していますが、、、。

食事後の歯磨きは、車椅子の肘置きの上に渡した机の上に洗面 器を置き、エプロンの上につけたラップの下端をピラーンとふんどしのように洗面 器の中にたらしちゃう。すると、うがいした水は、胸元のラップ部分をすべり台のように走り、洗面 器に入る。

これで食事後の歯磨きがめっちゃ楽になったんです。お試しあれ。

あ、それから、エプロンはね、この頃100均ですごくいいものが出ています。PVC加工っていうの?いわゆるゴム引きのようなやつ。大きさも手軽でね。ぜひ、探してみてください・。

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お知らせ。
 

2002 03/11


さて。介護療養型の病院とは。フツーの病院とやはりちがうものなのかなあ。あまり期待はしていないのだが、名前がちがうということはやはりちがうのだと思うのだよね。

ばあこの身体がだんだん前ほど動かなくなってきているのをみていると、ばあこを見送る心の準備が静かに静かに自分の中に出来ているのに気が付く。きっとね、突然日々の変化を見守っているので、いざ、何かがあったときも、なんというのかなあ、冷静でおれるというのだろうか。そんな感じだねえ。年齢を重ねるというのが感じられていいね。

はい、皆さま、著書の「手作り改造レシピ集」は、えらく好評であります。まー私も36ですから同じぐらいの年齢の友人も、そろそろ頭の片隅にぽつんと介護の単語が浮かぶらしいですね。

以外だったのが、この本1冊で会話がものすごく広がるということですなあ。やはり介護っちゅうのは、普段あまり話にでてこないもんなんですよ友人と話していても。というのか接する人の大半が20代なので、まず介護の話題は出てこない。それに介護ってとてもプライベートなことですけんねー。家の中のいろいろがからんでくるし。

それがこの1冊ピラーンと、こんな本出してん〜って見せると、みんなが自分の持っている福祉に関するイメージとか、介護のこととか、今までやったボランティアのお話とか、そんなのをばばーっと話はじめてしまう。なぜかなぜか。こりゃまたびっくり。なんだか、なんだか、えらく不思議な本ですなあ。こいつあ。オーラでも出てるンでしょうかね、ホント。

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車椅子で食事をとるときは、、、。
 

2002 03/08


ある写真を見ていて、電話でわたしは尋ねた。
ーこの車椅子で食事している人なんですけど、、、、なんで足置きから足おろしてるんですか?床に足おろしてますよね?なにか意味あるんですか?

ー食事とるときは、すこし前かがみのほうが、飲み込みなんかがしやすいから、足も下ろしたほうがいいでしょ。そしたらちちょっと前に身体が傾くし。ふんぞりかえって座ってしまったら、食事なんて出来ないんだよ。

知らんかったのー。(T_T)これまた知らんかった。いつもばあちゃんの足は食事時、足置きにのせたままやった。おかんは下ろしてたべさせていたが。

またひとつ、かしこくなった。まだまだ知らんことは山ほどあるんやわ。きっと。

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在宅介護者のつどい
 

2002 03/05


多くの人の意見をきくのは必要だな、と先日この会に参加して思った。
介護者のだれしもが気になるのは病院の評判や施設の評判。介護者のつどいで気付いたのはいろんな見方があるということ。

あんまり良くないなあと私が思っている施設が、つどいの会員の中ではとても評判がよかったり、逆に今まで利用した中でも一番良い施設だ、と思っているところが、ぜんぜん評判がよくなかったり。驚きの連続だったんです。

きっと価値観の違いや。施設に期待することが人それぞれ違うせいもあると思うんやけど、この差には驚かされた。

同じ病院でも入院する階によって、ぜんぜん対応がちがうなどはよく聞かれる話だけどね。

自分だけの判断で、その施設にレッテルを貼ってしまったり、あまりにも軽はずみに主観でものを言うのは怖いことやなあ。気ぃつけな。冷静に判断することが必要やなと感じました。

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入院ネタね、今日も。
 

2002 03/05

もうすぐ3ヶ月である。ばあこが今の病院に転院してから。

これからどうするかである。

今考えているのは家に連れてかえって、昼のみ口から食事。あとは鼻のチューブから流動食を入れるというやつ。ほんでもって、トイレを出来るだけポータブルでやって、足の筋肉つける。で、座らせる。そして入浴カーに来てもらう。で、ちょっと慣れてきたら、デイサービスに行って。(鼻腔チューブがついていても可能という返事をもらったので)ショートステイ使って。 ほんで、体力つけば、ロングステイ3ヶ月利用。

病院に入院させたままで、さて良くなることはまずないだろう。寝かせきりやしなあ。

家に連れて帰るとなると負担倍増だが。このまま、たとえべつの介護療養型の病院に入院できたとしても、いやあ、だいたいどこも人手は足りないから、寝かせきりやろう。このままばあちゃんがもし死んでしまったら、後悔しても後悔しきれない。

さてなあ。どないするう?ばあちゃんは、どないしたい?

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は、は、は。
 

2002 03/01

「口のなかの衛生を怠ると、年配者は雑菌が気管にはいって肺炎になりやすい」 先日みたNHK教育テレビでやってました。いやはや、そんなん考えたことなかったですわ。昼だけ今は口からの食事。そのあとだけ歯磨きしてます。

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入院ネタね、今日も。
 

2002 03/01

さて、今日食事介助に行ったら、ばあちゃん入浴中で不在。しばらくして看護婦(?)さんに連れられてもどってきた姿は、すっぽんぽんのバスタオルぐるぐるまき姿。「え?どないしたん?」でかい声を上げてしまった群青。「あ、すみません、いつもこうやってるんですよね、、、、」(汗)

服を着せてもらってから帰ってくるものとばかり思っていたのだがちがった。人手が足りないんで、入浴後はすっぽんぽんのまま車椅子に乗せられ、バスタオルを布団がわりにかけて、 帰ってきてから着替えるのが病院では普通なのだそうだ。

現場の現実に、ひとつひとつびっくりしては看護婦(?)のおばさま達に、一瞬嫌な顔をされる群青。不人気よね、きっと。でも、老健とあまりに違いすぎるんやもん。いいや、いちいち驚いても。だってそれが普通 になっている病院って、変やもん。

それから群青はばあちゃんを着替えさせ、いつもの不安定なトイレに座らせる。そして後始末をして、ベッドに寝かせておしめをつけて、又車椅子に座らせて食事だ。なんども言うが、ベッドが高すぎるので、そんなに簡単ではないのだ。この移動介助。そんでまたばあちゃんの食事には時間がかかる。一番最後になる。食器をはやく片づけたい看護婦(?)さんがこのごろは持っていって下さるようになった。が、これは単に早くしてや、とせかされているだけなんや、ということに今日気が付く。

看護婦さんではなく、ヘルプで医療以外の仕事をしている人も、人数は少ない。その中で精一杯の仕事をしてはる。その人らに文句を言えるもんでもない。というか、やはり言いたいと思うが、ばあちゃんをみてもらっている手前何も言えない。患者や家族の心情ね、ほんとこれ。

病院に行くと、問題点ばかりが見えていたが、今後どう変えていったらいいのかと最近はそれを考えるようになった。そうすると、むりむりっと、元気が湧いてくるのである。

家での介護(老健)と、医療の現場での介護、あまりにも違いすぎる。健康なうちはいいが、ほんま病気になったとき、人間らしい扱いをさせてもらえない現状というのを目の当たりにするので、どうしようもなく、情けなーい思いになる。家族にとっては虚しいのだ。

今後は病院に対してもいろいろ声を上げていくオンブズマン制度が必須だと感じるなぁ。皆さん、近所の自治体のやっている介護者の集いにどんどん参加しましょうや!!(めっちゃ前向き)

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グリコのおまけ
 

 

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制作:(C)群青亜鉛
2002(改訂)